2018/07/12 05:00
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子どもが小学校で仕入れてきた回文「リモコンてんこ盛り」。

気に入ったので実写化してみました(笑)。



さて、今回は子宮筋腫の手術のあとの妊娠出産についての体験談となります。


3回目の手術となる来月の手術で、再発した子宮筋腫を子宮ごと摘出することに決めたわけですが…。


いくら快適になれるとはいえ、子宮を摘出することに、まったく抵抗がないわけではありません。

外見的にはわからないものの、体の一部を切除するというのは、一つの器官を失うというのは、どういうことだろうと戸惑います。

悪性のものではないので、取り除かなくても生きてはいける、それを自分の意思で失くしてしまうというのは…。

女性としての象徴的な器官であるところの子宮を失うということは、もう子どもを産めなくなるということで、それで女性でなくなるわけではないのだけれど、でも…。



「鋼の錬金術師」を思い浮かべてしまうんですよね!!

エドとアル兄弟と、その師匠イズミ先生の失ったものの違い、みたいな…。
(わかる人だけわかってくれたらいいです)



それはさておき〜、今小学校1年生の子どもを妊娠したのが筋腫摘出手術の約2年半後。

ちょうど仕事が3年間で契約終了だったため、満期まで勤めて1ヶ月半後に出産、その期間だとぎりぎりで「妊娠のための退職」にもあたるため、出産一時金までもらえました。

予定帝王切開で予定日より2週間早い出産だったから、きっちり出産一時金がもらえる期間内に入っていたのです!

予定日通りだったらこのお金はもらえなかったわけです。

つくづく、最良の時期を選んでやってきた子だなぁ、と思います(笑)。



一度筋腫の摘出手術で子宮を切っているので、出産のときは帝王切開となる、と事前に説明を受けていました。

妊娠したときすでに子宮筋腫が再発していましたが、これまた幸いなことに、妊娠の経過は順調でした。

つわりもほとんどありませんでした。



仕事も契約満了まで勤め、そのあといよいよ出産となりました。


筋腫の手術は全身麻酔でしたが、帝王切開は半身麻酔で行いました。

帝王切開と同時に筋腫の摘出は出血量の増える恐れなどから行わないということで、再発していた筋腫はそのままになりました。


やはり半身麻酔のときのほうが体への負担は小さかったかも…。

経過が順調だったので、いよいよ赤ちゃんに会える(そしてようやく身軽になれる)という楽しみが強かったこともあります。

というか、出産のときは傷が痛む状態で赤ちゃんの世話もしなければならず、痛がってる場合じゃなかった?


2回切ったおなかの傷、最初は盛り上がって痛々しかったものですが、7年も経つとだんだん平らに、色も薄くなってきています。

最初の手術をしたとき、もうビキニは着れんとか思ったり。

まあ、手術してなくてもほかの理由で着なかったと思いますけど…。


また同じ場所切るんだな〜。

治りが遅くて年齢を感じちゃったりするのだろうか(笑)。

なんだか、心配の内容がのんきであります。



でも、一時はもう子どもは産めないかも、と思っていたわたしがなんとお母さんになれました。

奇跡が起こった〜。

しかし、毎日、骨の折れる苦労の絶えない奇跡ではあります。

奇跡とか言っている割には、しょっちゅうその奇跡から逃げたくなっています。



今回の手術、うちの子に兄弟ができる可能性が完全にゼロになる、その決断でもあることは重いです。

まあ、今までも限りなくゼロに近かったんですけどね。

その重さを受け止め、これからの人生を大切に生きよう、と思います。

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