2019/09/07 07:44
「淑女に捧げる古典文学」シリーズ、おそらくこれが最後になります。

同シリーズ、前回の記事はこちらです。
https://39.benesse.ne.jp/blog/2259/archive/711


【貝合 〜継子いじめの話型に隠された平安貴族の蒐集癖〜】

子どもって、貝殻を拾うのが好きですよね。

我が娘は近所の公園の砂場の砂にたまに混じっている貝殻を嬉々として拾っております。

今回扱う『貝合』は、『堤中納言物語』という十編の物語を集めた物語集の中の一つである短編物語。

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この題名が示す「貝合(かいあわせ)」というのは、私達が知っている蛤の貝殻の内側に絵を描いたものをばらばらにして神経衰弱のように組み合わせる遊びではありません。

そちらの遊びは「貝覆(かいおおい)」と呼ばれていました。

「歌合」なんて言葉があることからも分かるように、「〜合」は「左右二組に分かれて出し物を披露し合って優劣を競う遊び」くらいの意味があります。

平安貴族はこの手の遊びが好きで、「絵合」「物語合」「香合」などさまざまなものがあり、『逢坂越えぬ権中納言』(同じく『堤中納言物語』所収の短編物語)には菖蒲の根の長さを競う「根合」の描写があります。

貝合は集めた貝を見せ合って、その珍しさや趣向を競う遊びだったよう。

現代にも切手やフィギュアなどのマニアックなコレクターがいますが、平安人の蒐集(収集)癖もなかなかのものだったのでは。

物語は、色好みの蔵人少将という貴公子が忍び歩きの最中に、小さな子ども達が何かの入れ物や手紙などを持って盛んに行き来する様子を見つけるところから始まります。

こっそり隠れて見ていたところを七、八歳(物語中では数え年なので現代の年齢に直して記載)の女の子が発見。

蔵人少将が詳しい話を聞き出そうとすると少女が「明日のことで忙しいの」と去りかけたので、蔵人の少将はすかさず「どうしたの。私を信じてくれるなら、きっと良いことがありますよ」と言います。

すると少女は去りかけていた気配もどこへやら、ぴたりと立ち止まって訳を話し始めました。

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「こちらにお住まいの姫君と今の北の方の姫君が貝合をすることになったのですが、向こうはあちこちからひどくたくさんお集めになったそうです。私のご主人様には弟が一人だけでどうしようもないので、姫君の姉のところに使いを出そうと思って」

少女の仕える姫君は邸の西の対に住んでいるらしく、東の対に住んでいる別の姫君と貝合をすることになったようです。

東の対の姫君(以下、東姫君)は西の対の姫君(以下、西姫君)とは母親が違い、東姫君の母は現在の正妻、西姫君の母は現在いないようです。

西姫君には同腹の弟と姉がいますが、姉の方は結婚したか何かで別の場所に住んでいることがうかがえます。

どうやら貝合の勝負の行方については、明らかに西姫君の敗色濃厚。

そこで蔵人の少将は西姫君側に協力することを条件に、西姫君の姿を垣間見させてほしいと頼み込みました。

少女は、邸の西の妻戸のあたりで屏風を畳んで寄せているところに、蔵人の少将を連れて行って隠します。

まず、仕えている人々は十三か十四くらいの少女一人を除けばほとんど七、八歳くらいの子どもばかり。

その中に見つけた西姫君の姿は十二歳ほど、この世のものとは思えないほど愛らしいのですが、頬杖をついて憂鬱そうな表情です。

近くに来た西姫君の弟らしき男の子は、九歳ほど。

「向こうはあちこちからひどくたくさん集めたようだ。母親からも頼んでいるらしい。私達にも母親がいればこんなことには」などと話しているよう。

西姫君は「かえってまずいことを言い出してしまったようね。まさかこれほど大事になるとは」と後悔している様子。

ここまできて、この物語には「継子いじめ」の要素があることが分かります。

『落窪物語』『住吉物語』などに代表される継子いじめの話は、継母が母親のいない継子を執拗にいじめることが特徴となっています。

今の北の方(正妻)は西姫君にとって継母、東姫君は義理の姉。

今北の方と東姫君の方は西姫君をこてんぱんに負かしてやろうと、躍起になってあちこちのつてを頼り、貝を集めている模様です。

折しも、先程の少女が「東姫君がこちらに来ます。貝を隠してください」と言い、皆が貝を物置に隠した頃、東姫君が登場しました。

季節感があまりなく、オレンジがかった黄色に青みがかった赤など、配色のセンスのない着ぶくれした恰好は、西姫君に比べてひどく見劣りします。

「あなたが『わざわざ集めることはしないでおきましょう』と油断させなさるので、全く探さずに終わってしまい残念ですわ。良いものがあったらお分けくださいな」などと平気でうそを言うあたり、ひねくれた性格が感じられます。

それに対して控え目に抗弁する西姫君の可愛らしさを見るにつけ、蔵人の少将は「何としてもこちらの姫君を勝たせてやりたい」と無性に思ったのでした。

東姫君が偵察を終えて帰った後、先程の少女が他の少女達も連れて「私の母がいつも読んでいらっしゃった観音経、私の姫君を負けさせないでください」とお祈りしにやってきました。

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西方浄土のある西側に向かって祈るので、ちょうど蔵人の少将に向かって祈ることになり、滑稽ではありながら緊張感のある場面です。

しかし子ども達は何も気付かず走り去っていくので、その背に語るようにして「貝がない、いや祈る甲斐がないなどとなぜ嘆くのでしょう。私はあなたに味方しますよ」と歌を詠みます。

すると耳ざとく聞きつけ、観音が出たのだと喜んで西姫君に報告する子ども達。

西姫君も、ぱっと顔を紅潮させて「本当なの。恐ろしいくらいに感じるわ」と素直に信じている様子です。

「天井から貝が降って来たら…」などと言っている無邪気な子ども達を面白く見ながらも、「何とかして勝たせたい」と思って蔵人少将は夕方こっそり抜け出しました。

帰るとすぐ州浜(すはま)と呼ばれる装飾台を用意、そこに貝を多く入れた小箱をはめ込み、台の上に多くの貝を敷き詰めて金銀でできた蛤なども置きます。

小さく書いた手紙を結び付け、翌日の早朝お供に持たせて門の前で待っていると例の少女が走ってきました。

「ほら、だましていませんよ」と少女に小箱を渡し、「今日の勝負を見せてください」と言うと、少女は「昨日の戸口、今日は人も来ないでしょう」と言って去りました。

州浜を縁側に置かせて蔵人の少将が隠れた後、子ども達が雨戸を開けてその先に置かれた州浜を発見。

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「こんなことしてくれる人はいないのに。分かった!昨日の仏がしてくれたのだ」と誰かが言うと、「情け深くていらっしゃること」と酔狂なほど喜ぶさまがとても面白く、蔵人の少将はじっと見つめていた、とあります。

物語は貝合の勝負を描くことなく、ここで終わるのです。

これは、先の展開を読者が自由に想像できる効果があると同時に、「この続きをちょっと書いてみるかな」と思う人が現れることを期待したのでしょう。

職業作家がいなかったこの時代、作者と読者の距離は今よりずっと近かったのです。

短編物語だからこそ、当時の物語の典型的なあり方が分かるのは面白い部分。

物語もまた貝のように、蒐集の対象になったり、組み合わせたり手を加えたりと、当時の貴族の遊技的な興味の対象となったのであります。

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