完璧な母親に苦しんだ子ども時代……料理も裁縫も達人級だったのになぜ?

2021/07/21
  • 二児の母。塾講師、学校教師の経験あり。甘いものと日本の古いものをこよなく愛しております。もっと見る>>

こんにちは。サンキュ!STYLEライターのdanngoです。
料理も裁縫も達人レベルに上手で、家事は一切手を抜かず完璧にこなす主婦だった私の母。
さぞ幸せな子ども時代だったかと思いきや、そうでもありませんでした。
あの時の違和感は何だったのか……大人になってからわかったことを書きます。

料理は常においしく品数豊富、裁縫も得意で服までつくれる

私の母は高卒で就職後に結婚、退職してから短大の家政学部を卒業しました。
料理の腕前はかなりのもので、母のつくった料理はいつもおいしかった記憶があります。
品数も多く、おかずは常に4、5品用意されていました。

裁縫も得意で、よく服をつくってくれていました。
今でも私の娘のために、手づくりの品を送ってくれます。
パッチワークやビーズ飾り、刺繍など、手をかけたものばかり。

インテリアにもこだわり、おしゃれな雑貨がたくさんありました。
月に1回くらい模様替えをしていた時期もあったと思います。
おしゃれにも気をつかい、ママ友との付き合いも無難にこなしていました。
まさに完璧な母親だったのです。

子育てにも手を抜かず教育熱心

母は家事だけでなく、子育てにも情熱を注ぎました。
バレエ、学習塾、英会話、スイミング、ピアノ、乗馬など多くの習い事の教室を探して通わせてくれました。
放課後のほとんどは習い事だった時期もあるほど。
ただ、私はどの習い事にもあまりやる気を出さなかったので、完璧にやらせたい母にとってはじれったかった模様。
1つ年上の従姉とよく比べられ、上達の遅さを注意されていました。
マイペースで要領の悪い私は、申し訳なく思っていたのを覚えています。

印象に残っているのは、習字の宿題が出た時のこと。
「木」という字を書く宿題だったのですが、もともと達筆な母は私の書く下手な字を注意しました。
「もっと止めをしっかり」「払いの角度がおかしい」など書くたびあれこれと指摘され、気がつけば一束の半紙全てを使い切っていました。
母は仕方なさそうに「これが一番ましだから」とそれなりに上手に書けたらしい一枚を提出させました。
私にあまり友達ができないことでも、よく心配をかけてしまっていたようです。

よその家の子がいった一言

家族ぐるみの付き合いの兄弟が、私の家に泊まりにきた日のこと。
母が用意したごちそうを目の前に、その友達が言いました。
「君んちのお母さん、いつもこんな料理なん?」
私が「うん」と答えると一言。
「ええなあ。うちらのとこなんか、めっちゃ適当やで!」
なぜかこの言葉が私の心にぐさりとささりました。
無性にその「適当な料理」を食べたくなったのです。
ハンバーグ、肉じゃが、水炊き……母のつくる料理にはいつも名前がありました。
「適当」としか表現できないような料理とはどんなものか、全く想像がつかなかった私。

今思えば、私はもっと母に手を抜いてほしかったのでしょう。
手だけでなく肩の力も抜いて、適当にやってほしかったのです。
母は完璧に料理するためとても集中する人で、私が話しかけたせいで魚を焦がしてしまった時はいつも怒られていました。
父が「焦げてもええで!焦げたほうがおいしいやん」とフォローしてくれるのですが、母は納得いかない様子。
なぜそんなにできばえにこだわるのかわかりませんでしたが、母はもしかしたら「家事も子育ても完璧でなければ母親失格」と思い込んでいたのかもしれません。

その考えは無意識のうちに私にも浸透していたらしく、家事と子育てを完璧にできない自分をよく責めたものです。
でも途中で気がつきました、私は頑張っている母親より人生を楽しんでいる母親を見たかったのだと。
幼い頃胸の中に植えつけられたのは「母親は楽しんではいけない」という呪縛でした。
「家事は完璧でなくていい」という意見は多くあります。
私はそこから一歩踏み込んで「家事を完璧にやらないでほしい」と言いたいと思います。
子どもは完璧な母親なんて望んでいないのですから。

◆記事を書いたのは・・・danngo
中高国語科教員免許を持つ、活字中毒気味のアラフォー。高学歴・高血糖・高齢出産の三高ライター。「家事は化学、子育ては文学」を信条としている。

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