【SNS時代の生き方を考える】『徒然草』が私達に教えてくれること

2021/07/15
  • 二児の母。塾講師、学校教師の経験あり。甘いものと日本の古いものをこよなく愛しております。もっと見る>>

20作品以上の古典文学作品を原文で読破しているdanngoです。
三大随筆の1つとして名高い『徒然草』には、幅広い知識と柔軟な思考力を持つ兼好法師の持論が数多くしるされています。
中には、現代人が読んでもはっとすることが。
今回は、SNS時代に一石を投じる意見を取り上げてみます。

流行を取り入れて工夫をこらすべきなのか

住居論として有名なのが、第十段。
兼好法師の理想とする家は「ゆったりと落ち着いて、庭木が古めかしく草の手入れもせず、昔風の道具類がなんとなく置いてある家」。
逆に、「職人が意匠をつくしてつくりあげ、舶来のものから日本のものまで珍しい道具類を並べ置き、草木にことさらに手を入れてつくりたてている家」は嫌なのだそうです。
つまり、最近ありがちな○○インテリアなるものを買い集めるなどして完璧にスタイリングした流行最先端の家には興ざめするということですね。
ありのまま、ほどよい生活感といったものの方が、住む人の品格を感じさせると言いたいのでしょう。

ほめられることがそんなに大事か

SNSの発達によって自分の意見やライフスタイルを簡単に発信できるようになった今、どうしても他人の評価は気になってしまうところです。
私もなるべく見ないようにしていますが、自分の投稿に「いいね」がつくと少しうれしくなってしまいます。
そんな私をはっとさせたのが、第三十八段のこの意見。
「ほめる人もけなす人も両方ともこの世に残ることはなく、噂を伝え聞くような人もまたすぐにこの世を去るだろう」
確かに、極論を言えばそうなりますね。
死ぬとまではいかなくても、人間はあっさり忘れます。
「人のうわさも七十五日」なんてことわざもありますし、気にしすぎないのが一番なのかもしれません。

映えることばかり考えていないか

「花は満開の時だけを、月はくもりのない満月だけを見るものであろうか」という反語表現から始まる、第百三十七段。
華美を嫌う兼好法師の考えがよくあらわれていて、私が特に好きだと思っている章段です。
美しいものを見る時、その美しさが盛りの時ばかりを喜んで見るというのは情趣を解さない行為だと言っているのです。
SNSでは生活のごく一部を切り取って見せるので、特に良く見える部分ばかりを取り上げがちです。

それだけでなく、加工や装飾をこらし、光の当て方まで工夫して「盛る」ということも当たり前に行われるようになりました。
私はあまり盛るのが好きでないのですが、ありのままを見せすぎるとご批判を受けることもあるので、最近は多少なりとも映えを意識しています。
でも、散ってしまった桜や雲に隠れてしまった月のように本来の美しさがそこなわれてしまったものの中に、魂の美といったものがあるような気がしてなりません。
映えばかりを求める世間の流れが、今後少しでも変わってくれたらと切に願います。

『徒然草』は小さな章段にわかれていてどこからでも読めるのが魅力の1つ。
気に入った言葉が見つかるかもしれないので、中高生の夏休みの読書にもおすすめしたいところです。

◆記事を書いたのは・・・danngo
中高国語科教員免許を持つ、活字中毒気味のアラフォー。高学歴・高血糖・高齢出産の三高ライター。「家事は化学、子育ては文学」を信条としている。

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