元古文教師が語る!『源氏物語』の舞台は道長の時代じゃない

元古文教師が語る!『源氏物語』の舞台は道長の時代じゃない

2024/03/18
  • 二児の母。塾講師、学校教師の経験あり。甘いものと日本の古いものをこよなく愛しております。もっと見る>>

こんにちは。サンキュ!STYLEライターのdanngoです。
『源氏物語』は平安時代中期の物語文学として、世界的にも有名ですね。
読んだことはなくとも、ほとんどの人が名前を知っていると思います。
作者は紫式部で藤原道長の支援を受けて書かれたと考えられていますが、『源氏物語』の舞台は道長の時代ではありません。元古文教師が、確かな根拠について解説します。

序文を読めばだいたいわかる

きらきら

『源氏物語』が描き出した時代とは、いつごろのことなのでしょうか。
じつは、わざわざじっくり読み込まなくても、物語のはじめでだいたいわかるようになっています。

いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。

古文の授業で習うことの多い、『源氏物語』の序文。「いづれの御時にか」というのは「いつの天皇の御代であったか」くらいの意味で、少しはぐらかすような言い方です。
その次の「女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に」の部分は「女御や更衣が大勢お仕えなさっていた中に」という意味。ここがポイントになります。

女御(にょうご)や更衣(こうい)というのは、どちらも天皇の妻として仕える女性。天皇の妻には階級があり、一番上が皇后(中宮)、その下に女御、さらに下に更衣が位置します。
下級の后といえる更衣が後宮に伺候していたのは、村上天皇の時代まで。
このことを根拠に、『源氏物語』の時代は天皇親政がおこなわれていた醍醐・村上天皇あたりの時代ではないかと考えられているのです。

「須磨」の巻に最大のヒント

古典文学のイメージ

『源氏物語』の時代設定が醍醐天皇や村上天皇の頃だとわかっても、彼らが天皇親政をおこなったのは800年代後半から900年代後半と、かなり幅があります。
さらに時代を絞ることは可能でしょうか。
最大のヒントは、源氏が兵庫県にある須磨という地でわび住まいをしていた時期を描く「須磨」の巻の一節にあります。

このごろの上手にすめる千枝、常則などを召して作り絵仕うまつらせばや

源氏が寂しい暮らしの中で心をまぎらわすために描いていた墨の絵を見たお供の人が、名高い絵師に作り絵(彩色)させたいと口にする場面です。
千枝(ちえだ)、常則(つねのり)は絵師の名。
常則は飛鳥部常則という人物で、950年前後に活躍した記録が残っています。
千枝も同じ頃の人物とされているため、『源氏物語』の舞台は村上天皇の治世を想定していると考えられるのです。

道長は光源氏のモデルではない?

道長は光源氏のモデルではない?

光源氏のモデルは誰なのか、というのも気になるところですね。
藤原道長が光源氏のモデルとなったという話をときどき聞きますが、100%肯定はしかねます。
確かに、権力者の悲哀がにじむ晩年の光源氏の面影が藤原道長に重なる部分はあります。
おそらく、紫式部が身近に観察することのできた最高権力者が道長であったがために、影響を受けてしまったのでしょう。

より光源氏のモデルとしてふさわしい人物は、やはり光源氏のように皇子として生まれ臣籍降下(皇族でなくなる)した人だろうと私は思います。
有力なのは、源高明と源融。
源高明(みなもとのたかあきら)は醍醐天皇の10番目の皇子です。
学問に優れ左大臣にまでのぼりつめますが、のちに策略により大宰府(福岡県内の行政機関)の役人にさせられてしまいます。

福岡県の海

源融(みなもとのとおる)は嵯峨天皇の12番目の皇子。
河原院という豪邸を建てたことで知られ、それが光源氏の住まいである六条院のモデルとなったとされています。
左大臣となっていた頃、より下位の右大臣である藤原基経が摂政となり、それをきっかけに政治を離れ風流に生きるようになります。
どちらも血筋がよく能力があるにもかかわらず、藤原氏の勢力におされてしまうところが、須磨でわび住まいを送ることになる光源氏と重なりますよね。

『源氏物語』は虚構の世界の作品なので、明確な時代設定やモデルを求める必要はないかもしれません。
とはいえ紫式部が宮廷生活の中で知りえた知識が、物語の世界観や人物造形に役立ったことは間違いないでしょう。

※引用・参考文献
『新編日本古典文学全集20 源氏物語(1)』 阿部秋生 秋山虔 今井源衛、小学館、1994
『新編日本古典文学全集21 源氏物語(2)』 阿部秋生 秋山虔 今井源衛、小学館、1995

◆記事を書いたのは・・・danngo
中高国語科教員免許を持つ、活字中毒気味のアラフォー。高学歴・高血糖・高齢出産の三高ライター。「家事は化学、子育ては文学」を信条としている。

計算中

関連するキーワード