コロナ禍で本当に嬉しい手土産。

2021/05/30
  • 整理収納アドバイザー、2人の女の子のお母さん。三度の飯よりお片付けが好きです。もっと見る>>

9歳7歳のお母さん、
サンキュ!主婦ライターのayaです。

コロナ禍で友人との交流が減りました。
とても寂しいことですがそうなっていることは皆同じ、仕方のないことと受け止めています。

コロナ禍以前は、友達やご近所さんとの行き来で、お互いに手土産を持って
【持ちつ持たれつ】
の関係を当たり前にしてきました。

友人と交流する際は、時間のある時はお菓子やパンを焼いて持参し、友人の淹れてくれた美味しいお茶やコーヒーと共におしゃべりをしながらお菓子をいただく、というのが息抜きでありパワーの源です。

しかしそのような手作りの交流が出来なくなりました。
もちろんSNSなどで話題になるショップで手土産を買うこともしないではないですが、毎度はできないお財布事情もあります。

先日、我が家にお越し下さったお客様から、素敵な手土産をいただきました。
私自身も過去に何度か差し上げた事がありますが、差し上げた方は必ず、それはそれは喜んで下さったのを思い出して、コロナ禍の今の手土産はこれしかない、と、改めて思っているところです。

家にあるものの方が良い。

手土産として差し上げるならば、家にあるもののお裾分けというのがベストだと思っています。お宅にお邪魔する前日にタイミングよくお店に行けるならば、お店のシャレたものでも良いと思いますが、やはり自宅にあったものと言えば、お宅でどんな風にそれらがあったのだろうと想像を掻き立てられますし、とても粋な贈り物になります。

私自身も先日、「家にあったものを包んだのよ。」と言って下さったそれを受け取り、どこにあったのか、どんな風にあったのか、どんなふうに育てたのか、それだけで会話も弾みました。本当にオシャレな手土産だと思います。

そう、お花です。

ここまでもったいつけるつもりはありませんでしたが(笑)そう、
【お花】
です。

先日の奥様は薔薇の花をくださいました。
ベランダに咲いていた【マーブル模様のスプレー薔薇】を手持ちの紙(紙も再利用です。)にくるっとさりげなく包んで持ってきてくださいました。
「丁度、ベランダでキレイに咲いてたのよー。」と、
笑顔で手渡して下さる奥様のなんと素敵なこと。

その奥様は、春はチューリップを持って来て下さいました。やはり同じセリフを添えて(笑)。さりげない手土産ですが、日頃のお花の手入れを欠かさないから出来る事。奥様の丁寧な暮らしぶりもうかがえて、とてもいい気分になりました。

少し前に来てくれた友人は、自宅のお庭に沢山生えているというムスカリにアイビーを少し添えて、小さな小瓶に活けたものをセロハンにおしゃれに包んでくれました。
その手土産は子供達も大喜びで、ムスカリはその後枯れましたが、アイビーは根が伸び、今もその小さな花瓶ですくすくと育っています。

お裾分け。

私自身も実は少し自宅からは離れていますが、お花をとても安く販売しているお気に入りの産直市を贔屓にしています。

そこで買ったボリュームのあるお花から少しばかり選んで包み、ご近所さんに届けると、
「お花をいただいたの何年ぶりだろう?」
と、少し涙目になって喜んでくれました。

また、お仏壇のある友人宅にお邪魔する際には、ベランダで咲いたお花と緑をやはり少しばかり切って、手持ちの包装紙とセロハンに包み持って行きます。御先祖様を大切にしている友人は早速にお花を入れ替えて喜んでくれました。

最後に…。

お花の贈り物は、いくつになっても嬉しいものですね。
いただく方はもちろん、差し上げる方も、お花の種類が数あれば、選ぶ段階から楽しいですし、自宅にある物を包むならば、お花を包みながらも愛おしく、自身が癒され心が温かくなります。

コロナ禍の今、手作りのものは差し上げるもいただくも抵抗を持ってしまうようになりました。
人気の高級なお菓子も良いですが、ちょっとした市販のスナック菓子でもコンビニ菓子でも、お花を添えて贈ることで心遣いは伝わります。
お花は、窮屈な時代にも安らぎをもたらしてくれ、互いに美意識や感動を起こしてくれる神さまから頂いた最高の贈り物だと思います。神様もそんな思いを共有するように願われているのではないでしょうか?

皆さまの元にも素敵なお花が届きますように。

最後までお読みいただきありがとうございました。
記事を書いたのは、
サンキュ!主婦ライターayaでした。

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