いつかまた行きたい思い出のウィーン音楽の都

2021/04/14
  • 音大卒で元家政婦で今は主婦。主婦歴20年、園児と中学生の年の差兄妹の母。2級家事クリエイター(料理・掃除科目)の資格を保有。もっと見る>>

音楽大学出身のサンキュ!STYLEライターマミです。

旅行に行きたい!と思ってもなかな行くことができないコロナ禍の現在。しかし、行けるようになったらもう一度行きたい!と思う場所はあります。

音楽の都ウィーン

シュテファン大聖堂の上から見たウィーンの街並み

私がもう一度行きたい場所は、オーストリアのウィーンです。初めての海外がウィーンでした。私が通っていた音楽大学のカリキュラムには、ウィーンでの音楽研修があったのです。2週間ほどウィーンに滞在し、現地の先生にレッスンを受けたり、コンサートやオペラを観に行ったりしました。

ウィーンといえばモーツァルト!

ウィーンと言えば、モーツァルトですよね。モーツァルトの銅像と写真を撮り、モーツァルトハウスに行き、モーツアルトのチョコレートも買いました。お土産もモーツァルトだらけ。みんながモーツアルトのチョコをたくさん買うので、しまいに「モーチョコ」なんて略して呼んでいました(笑)

ベートーベンのピアノを弾いた思い出

すごく微妙な表情ですが(笑)

ベートーベンはドイツ生まれですが、音楽家としてのほとんどをウィーンで過ごしています。みなさんご存じの「運命」や「エリーゼのために」などを作曲したとされているかつてのベートーベンの住居「パスクァラティハウス」を訪ねた時、日本から勉強をしに来た音大生だということで、特別にベートーベンが使用したというピアノを弾かせていただきました。現在では弾くことはできないようなので、とても貴重な体験でしたね。

ホイリゲでワインを飲み歌った

かつての音楽家たちも通ったとされているホイリゲも、また行きたい場所のひとつです。ホイリゲとはオーストリア東部のワイン酒場。裏にはブドウ畑があり素朴ながら歴史の感じられる素敵なお店でした。音楽の街らしく、楽器を持った流しの人と一緒に歌ったりもしましたよ。
ホイリゲは、今ではオーストリアのUNESCO無形文化遺産に登録されています。

シェーンブルン宮殿

ハプスブルク家の夏の離宮、シェーンブルン宮殿も素敵でした。この宮殿で、マリアテレジアに演奏をした幼きモーツァルトが転び、それを助けたマリーアントワネットに「あなたをお嫁さんにしてあげる」と言ったというエピソードがとても有名ですね。

とにかく外観が素敵で、ヨーロッパの青い空と黄色い宮殿、整ったお庭のバランスが絵葉書そのまま!という感じ。20数年たった今となっては中はちっとも覚えていません(笑)

後悔していること

レッスンの様子

このウィーンの訪問は、あくまでメインはレッスンと授業でした。なので、外へ出ずにずっと練習をしていた日もありました。また、実は最初はそれほどウィーンに興味がなかったのです。

私が専攻していた楽器はサックスだった為、ウィーンが本場というわけではありませんでした。楽器としての歴史が浅いサックスには、そもそもモーツァルトやベートーベンの曲はないのです。その為、授業などに関係すること以外はさほど調べたりせずにウィーンに行ってしまいました。

今思えば、もっといろんなところを見ておけばよかったし、もっと勉強してから行くべきだった!と思います。せっかく音楽の本場へ行くのだからもっと真剣に見ておきなさい!と当時の私に言ってやりたい。今の私が行ったなら、もっと事前準備をたくさんして、もっと違うものも見るでしょう。

ペスト記念柱に今思う

ウィーンには、ペストの流行が終わった際に、皇帝が神への感謝のために建てたというペスト記念柱があります。当時は「へえそうなんだ」くらいの感覚で話を聞きました。今回この記事を書くために当時の写真を引っ張り出しペスト記念柱を見た時、なんとも言えない気持ちになりました。当時もきっと、いつ終わるかわからない感染症の恐怖にさらされていたのでしょうね。でもそれを乗り越え、この記念柱を建てた。私たちも無事に乗り越えられますようにと願わずにいられません。

◆記事を書いたのは・・・サンキュ!STYLEライターマミ
2級家事クリエイター(料理科目)音大卒で元家政婦の異色の経歴の主婦。多趣味で多特技あり。すべてを生かしてカリスマ主婦をめざしています!幼稚園児と高校生の10歳年の差兄妹の母でもあります。

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