2018/09/03 16:39
私は20代の頃から半端ない下戸で、もともと肝臓が強くありませんでした。

しかしながらその頃は、健康診断の肝機能の検査に引っかかったことはなく、「お酒さえ飲まなければ大丈夫」と思っていたのです。

転機は、私の出産後に訪れました。

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(つい先日、房総で拾ったシーグラスが割れました。よく見ると肝臓の形に似ています…)

ちょうど、息子が生まれた年のある夏の日のこと。

…当時の日記を探すと7月9日と書いてありました。

夕方の6時近くだったかと思うのですが、ちょうど息子に授乳をしていた際に強烈な痛みに襲われました。

記録によると、「体の下の方から湧き上がるような違和感とともに胃に強烈な痛み」であり、「初期の陣痛の2倍くらいの痛み」であったとのことです。

痛みに耐えかねて抱いていた息子を布団の上におろし、仰向けになってひたすらあえぐこと数分。

すると手足がなぜかしびれてきて初めて死への不安を感じたものの、痛みで立ち上がることもできません。

仕方なく這いながら電話機に手を伸ばし、119番しました。

救急車が来る頃になって多少痛みが落ち着いたものの立つのがやっとの状態、救急隊員に連れられて救急車のベッドに座り込みました。

しかしながら、乳飲み子を連れた状態で受診できる救急病院がなかなか見つからず、あちこち電話してもらった末に市外の病院に行くことに。

そこでいざ出発となったわけですが、「治療中、息子さんを抱いているわけにもいかないし、我々もあなたを届けたら帰らなくてはならない。誰か息子さんをみてくれる近親者の方を呼べないか?」といったことを言われ。

選択肢は1つ、世田谷の実家の番号に電話をしました。

ちょうど仕事から帰って来ていた母が電話をとり、運よく晩酌前だった父が車を運転して駆けつけてくれると言ってくれて。

とはいえ、実家から病院まで少なく見積もっても4、50分かかる距離、すぐには来られないだろうなと思いました。

案の定救急車の方が早く病院に着き、息子は女医さんや看護師さんにあやしてもらって時間稼ぎ。

問診、採血が終わりベッドで点滴を受けることになった頃、両親が到着しました。

後は痛みで意識がもうろうとして、ひたすら寝ていた記憶しかありません。

結局数時間点滴した後、「採血の結果、肝臓の数値が高くなっている。心配なので明日の朝一番にもう1度来てほしい」と言われ帰されました。

その晩は父の車で自宅に送られ、母に付き添ってもらって就寝。

次の日の朝、夫と一緒に病院に行きました。

再び採血され息子をあやしながら待っていると、看護師さんが「あの、結果出ました。体、だるくないですか?無理なさらずに」と私の手からやや強引に息子を取り上げ、処置室へと誘導。

「あのさ…大変なことになってるんだけど」

検査結果片手に女医さんが放った第一声、今でもよく覚えております。

肝臓の数値が正常値の50倍を超えている、ということでした。

「これは帰すわけにはいかない」とのことで、問答無用で病室に。

夫は会社に行くのを諦めて1日病院にいてくれることになりましたが、明日からどうしようという話になりました。

相談の末、自営業なので休みやすいとの理由で、大阪にいる義父母に手伝いに来てもらうことになったのです。

その日の夕方、思ったより早く義父母が到着。

息子は完全母乳で育っていたため、個室に移って朝の9時から夜の9時まで病室で一緒に過ごし、夜は搾乳しておいた母乳を飲ませるように頼んでおきました。

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(昔のブログから引っぱってきた写真なので、見づらくてすみません)

しかしながら哺乳瓶嫌いの息子、義母は飲ませるのに非常に苦労したそうです。

入院中はとにかく肝臓を休ませるために横になるよう言われ、食欲がないうちはひたすら点滴。

原因究明のため、ほぼ毎朝採血、それに加えてレントゲン、CT、エコー、心電図、さらにはなぜか肺活量の検査まで行われました。

赤子と一緒だと疲れるだろうから、という理由で義父母はよく授乳後の息子を連れて院内を散歩していたように思います。

私がいたのは消化器内科(肝臓は消化器に分類されるらしい)でお年寄りが多く、乳児は相当珍しかったらしく看護師さんに会うたび「可愛い」と言われ、時には数名に囲まれてアイドル状態だったとか。

息子溺愛中だった義父母は、そんな話をいかにも誇らしげにしてくれたのですが、私は時折ぶり返す痛みや全身の倦怠感でそれどころではなく「そ、そうですか…」という感じでございました。

結局1週間程度で数値はほぼ正常値に戻り、連休明けの18日に無事退院。

とはいえ入院生活により衰弱していた私は世田谷の実家に引き取られ、そこで1か月ほど家事を減免されて(子育ては普通にしておりました)過ごしました。

体がつらいことも時々ありましたが、料理や掃除や洗濯に追われることなくじっくり息子と向き合えたのは、子育てが大変だった頃の大切な思い出です。

入院中は原因不明のままだった肝臓の病については、後に病院に呼び出されて薬物アレルギーによる肝炎だったと知らされました。

そう言えば、ここ数か月前に新たに飲み始めた薬はないかと聞かれ、母が滋養強壮のために買ってくれた栄養剤を提出していたのでした。

どうやら、その薬でアレルギー反応が出たらしいのです。

ただし、その薬の中の特定の成分だけが悪いのか、複数の成分が反応し合って悪さをしているのかといったことは分からないとかで。

「とにかく、怪しいと思った薬は飲まないで」とあやふやな指示を受けるはめになりました。

というわけで、私は市販薬、特に栄養剤系の薬を飲む時には慎重にならざるをえません。

特に、あれこれと滋養強壮に良さそうな成分が数十種類くらい書かれている薬は手出ししないことにしています。

飲むのなら、できるだけ成分が絞られているものを。

何かあった時には、とりあえずビタミンCを飲むと決めています。

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ビタミンCって万能の栄養素ですよね?

それにしても、今まで肝臓が悪いなんて言われたことがなかったのになあと不思議に思っていたのですが、友人に聞いたところ出産後に肝臓の数値が悪くなったという例、他に知っているとか。

読者の皆様の中にはこれから出産する方や出産後間もない方もいらっしゃると思うので、念のため気をつけておいた方が良いかと思われます。

年を取るごとに強くずぶとくなる心に反比例して、どんどんガラスのように繊細になっていく我が体。

無理に克服しようとするのではなく、うまいこと付き合っていくのが正しいやり方なのかもしれません。

後編に続きます。
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コメント(4)
mioさん、コメントありがとうございます。

mioさんの人生も山あり谷ありだったのではと推察しております。

後編も、ぼちぼち執筆しますね。それなりにまた重いですが、またよろしければお付き合い下さい。

台風、早く通り過ぎてほしいなあ。
by danngo 2018/09/04
たなみーさん、コメントありがとうございます。

乳児がいる時に母親が入院なんて、ヘビーな思い出ですよね。でも、周りが助けてくれたので本当に助かりました。

頭痛はあらゆる不調の中でも、結構つらい部類に入ると思います。私も頭痛持ちなので、苦労しています。片頭痛ではないので、少し違うかもしれませんが。

吐き気も伴うのですか。さすがに抱っこしながら吐けませんものねえ。おつらかったことかと思います。私なんか、花粉症のくしゃみですら我慢するのきつかったです。

父親より、母親が倒れる方が事態が深刻になりますよね。お互い気をつけましょう。
by danngo 2018/09/04
大変な経験をされていたのですね。
後編を楽しみにしているという言葉は
適切でない気もしますが、
後編も待っています。

台風被害少ないとよいですね!
by mio 2018/09/04
ひゃあ〜( ̄∀ ̄)
乳児抱えて…は大変でしたネ。
子ども小さくての自分の体調不良はツライですネ。
私は片頭痛持ちで、自分に甘い人間なのですが、一度、子どもの赤ちゃん時代に沐浴中に片頭痛におそわれ、ココで吐くわけにはいかない!!…って我慢した記憶があります。
やっぱり母親が元気でないと家庭がまわりませんからネ。
お互い体調管理気をつけないと…ですネ。
by たなみー 2018/09/04