2016/08/11 09:14
実家から山梨の桃が送られてきました。
長女が唯一ちゃんと食べられる果物。長女は
全般的に果物が苦手。だけど桃だけは大好きなのです。
それを知ってる両親、張り切って毎年送ってくれます。
感謝しかありません。。。
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と、今ではそう思えるのですが子供を産むまでは「感謝」と言う気持ちが
正直両親に持てない関係でした。
職人気質の頑固親父満載の父、その父に文句ひとつ言わず
黙って耐え忍ぶ母。もちろんその頑固おやじぶりは私にも及び、私が
成長していくにつれてただただそれが「うざい」の一言でした。
私から見て理不尽な言動にも黙ってる母。ぶっちゃければ両親が嫌でした。
だから高校に入って放課後はバイト三昧、帰ってお風呂入って寝るだけ。
親子の関係性は希薄でした。

旦那と出会い「私は違う家庭を作るんだ、実家のような家庭だけは嫌だ」と
意気込んで始まった結婚生活。ものすごい解放感。
でも実際生活すると見えてくるものがありました。理不尽と思っていたのも
納得できるものだった、とか。父と母との関係も私にはわからない何かが
あるのだろう、とか。
長女を妊娠し出産。初めての事だらけでテンパってた私は「母はこんな思いをして
私を産み育てたのか」と。長女の成長過程に疑問を持ち、覚悟をきめたつもりで
受けた発達検査でわかった自閉症と言う障害。
やっぱりそんな覚悟なんて崩れてしまい、無意識に父に電話をして報告した時に
言われました。

「お前はこれから長女を育てると同時に長女に育てられるんだ。それだけは
忘れるな。いいか、絶対に忘れるな。」

それ以来両親は私の意思を尊重し、時にはそれは違うと叱咤しながら見守って
くれています。次女も生まれ分け隔てなく長女を可愛がってます。
両親の目の前でパニックになった時も「大丈夫大丈夫」と長女が落ち着くまで
見守ってくれていたり。

そんな両親・・・母が数年前治る見込みのない難病になりました。多発性骨髄腫です。
当初余命半年、と言われたけど薬が合い半年を超えました。でもやっぱり進行していて
先日も入院し退院したけど3日でまた入院と言う状態に。父は「俺はこれから母さんに
恩返ししていくんだ。」と言って看病してます。心配かけまいとして私に病気を隠してた両親。
そんな気遣いをさせた自分が情けないです。
今は容体が落ち着き無事退院し自宅でのんびり過ごしてます。元々家事が好きだという父が
好きなように家事して楽しんでる、と。無理は絶対にするな、と念を押してます。

子どもを産んでわかりました。両親は私に辛い悲しい思いをしないようにしてくれた事。
それが過剰、となってしまったことはあっても悪気があったわけじゃなかった事。
私が家庭を持ちやっとお役御免、となり見守る事だけにしてくれだけど絶対に後ろで
支えてくれてる事。
これを感謝なくして何がある。私は父の言葉で絶望から救ってもらいました。
そして・・・37歳で私を産んだ母。どれだけ大変だっただろうか。

私は父のように子供を救えるような言葉が言える母になりたい。
私は母のように確固たる信念を持って家庭を支え忍耐を持てる母になりたい。

こんな大事な事がわからなかった自分の愚かさが情けないです。
でも、願わくば少しでも両親に私の奮闘を見守ってもらいたい。だから長生きして欲しい。
そして、、、自由に気ままに過ごして欲しい。ただそれだけです。

あぁぁ・・・書いてて泣けてきちゃいました(笑)

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