2016/08/19 23:00
ご覧頂きありがとうございます



今となってはただの親バカかーちゃんをめでたくやっている私ですが

過去に2度、我が子を失っています。



今思えばいずれも初期流産で、仕方のないことだったのかもしれませんが
当時のわたしは何故こどもが死んで、私が死なないのかと思っていました。


2011年に結婚して、流産を経験したのは2012年と2014年。
どちらの子も妊娠8週、心拍確認後の流産でした。


一人目は自覚症状がないままいつのまにかお腹で心拍がとまっていて、
すでに溶けかけていた頃に出血があって病院に駆け込んで確認しました。
すこしだけ自然流産を待ちましたが、ほどなく稽留流産と診断され、手術を受けました。

下半身麻酔で、頭はとてもはっきりとしていました。
それでも言葉ひとつ浮かんできませんでした。
この喪失感をどんな日本語にすれば人に伝わるのかとのちに懸命に考えましたが、未だにわかりません。
麻酔がきいているとはいえ、何かをつっこまれ、なにかを出されたことはわかりました。
何してくれてるんだ。もっとこどもを丁寧に扱え、と叫びたくて。
それでも頭は真っ白で、言葉として発する事はできませんでした。

麻酔がきれるまで歩く事ができないので、分娩室の横の部屋で待機していました。
その間にうまれた赤ちゃんの産声を、私は今もはっきりと覚えています。
そしてこう思いました。

「何故お前がうまれて、あの子が死んだんだ」

酷い話です。とんでもないことを思ってしまいました。
その後もずっと、赤ちゃんを見かけては同じ事を思い続けました。



そして2014年。
経済的な理由で引越をすることが決まっていて、いよいよ荷造りという段階になって妊娠が発覚。
すこし遅らせれば違う結果になったかもしれませんが、うまれて来る子に経済的な苦労を強いるよりもと予定通りに引越をしました。
引越を終わらせてすぐに、猛烈な腹痛に襲われ入院。
その日の夕方にトイレで我が子を出産しました。
手で受け止め、無意識に観察をしました。

半透明の袋の中に紫色のものがありました。
動くはずもないのに、動いているような気がしました。

「あなたもいなくなってしまうのね、さようなら」
そう言ってティッシュにくるみ、看護婦さんに渡しました。
2度目ともなれば慣れたものです。涙は出ませんでした。
会えただけよかったなあとすら思いました。前回は、姿を見てもいませんから。

引越なんて無理をしたんじゃないかとか、長時間車に乗ったからじゃないかとか、色々考えました。
でもどれも違う気がしました。そうじゃないよ、と、手のひらから言われた気がしました。




こうやって思い返してみれば、私はとても身勝手で、どうしようもなくダメな奴でした。
そんな人間に、育てる資格などなかったのかもしれません。

ふたりの死が、私に命の重みを教えてくれました。
命がどれだけ尊くて、どれだけかけがえのないものであるかを、教えてくれました。
そんな当たり前のことも、私は知らないでいたのです。




そしてムスメを授かりました。
うまれる当日まで、産まれる事を信じていませんでした。
どうせ今回も私のお腹からいなくなってしまう。そう思って妊娠期間を過ごしました。
情がわかぬように細心の注意を払い、他人行儀に接しました。
胎動を感じるようになってからも、わたしの中に別の生命体を預かっているのだと思っていました。


そうしてうまれてきたムスメのことを、今も正直「自分のこども」として接することができているのかと言われたら、答えはNOです。
夫のこどもだからとても可愛いとは思いますが、私のこどもであることを信じられていません。



未だにダメな私はムスメに「ふたりのぶんも生きるんだよ」などと思ってしまいます。
ムスメには関係なかろうに(笑

それでも、日に日にムスメに「母親」に仕立て上げてもらっている感じがします。
ダメなわたしが、ダメなりに母親になっていくのだとしたら、それは間違いなくムスメのおかげです。



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最後までお読みいただきありがとうございます
タグ(関連ワード):流産
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コメント(2)
semさん、はじめまして!
不慣れなものでコメントに気付くのが遅くなってしまってごめんなさい。

本当に、告げられた瞬間というのは意味が分からないですよね。「なんで?どうして?」に埋め尽くされる頭と、ただただ流れてくる涙。こどもを亡くすお母さんの気持ちに寄り添う声は多く聞かれても、おなかのなかでこどもを亡くす辛さというのは経験してみないと寄り添う事のできないものです。どちらが辛いでもない、同じものです。
megさんに息子さんが、わたしにムスメが寄り添ってくれて本当によかった。とても嬉しいです。
コメントありがとうございます。
初めまして。
私も初期流産を経験したもので、コメントをさせてください。
私は、赤ちゃん大きくなっているかなー楽しみだなーと何も思わず夫と共に産婦人科に行った際、流産を告げられたので、
びっくりというか、意味がわからないといった感じでした。
人それぞれでしょうが、本当に辛いことですよね。
私も今、息子を授かり、元気に育っているので向き合うことができていますが、最初は、私も大好きだった幼い子を見ると辛かったです。
でも、今、娘さんが元気に育っていて嬉しいですね^ ^♡