2018/09/05 14:36
息子が生まれた年にアレルギー肝炎になって入院し、退院後しばらく実家で静養した後。

体調は快復し比較的穏やかな生活が送れるようになりました。

翌年には娘を授かり、さらにその次の年に出産。

子育ての大変さはピークを迎えましたが、可愛い子ども達に挟まれて眠れる幸せをひしひしと感じておりました。

そうして、母親となってから3度目の夏。

身に覚えのある痛みが、急に私を襲いました。

床にのたうち回りながらも2年前のことを思い出し、休日だったため家にいた夫に「タクシーを呼んで、救急外来に連れて行って。できれば、2年前に入院した病院の方が勝手が分かるからいいと思う」などと伝言。

病院に着くとすぐさま、「肝臓の数値を調べてください」とお願いしました。

ところが、その時は肝臓の数値に大きな異常が出なかったのです。

タクシーを呼んで病院に行くまでに1時間以上要したこともあって痛みもおさまりつつあったため、その日はすごすごと帰りました。

その後、前ほどではないものの、同じような痛みに襲われることが何回か起こり。

病院に行こうかとも思うのですが、寝っ転がってあえいでいるうちに大抵の場合は痛みが通り過ぎてしまうのです。

むなしく帰った先日の記憶が思い起こされ、あの時の二の舞になるのは嫌だと我慢してしまいました。

そして8月の上旬に、再び大きな発作が。

慌てて実家に連絡すると弟と母が車で駆けつけてくれたので、私は弟の運転する車に乗せられ、母が家で子ども達を預かってくれました。

検査の結果、今度は肝臓の数値に異常ありとのこと。

「ああまたか」という気持ちと、「やっぱり!はっきりして良かった」という感情が交錯します。

日を改めて、親に付き添われながら検査のために何度か病院に通いました。

そうしてようやく原因が判明。

肝臓には血管腫というものが見つかったそうですがこちらは良性なので関係ないらしく、問題はその下にある胆のうの中にできた結石だったそうです。

うっすら残る記憶を掘り起こすと、2年前に超音波検査した時も胆のうに白い影が少し映り、「あら石があるわね。でもこれは関係ないわ」とさらりと言われていたはず。

おかしいなあと思い2年前の画像と今回の画像を比べると、2年前の影は小指の爪より少し小さいくらいなのに、今回は親指の爪より大きい影ができていました。

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(イメージ)

この石が胆管の方に流れて詰まると、胆のうや肝臓が炎症を起こすのだとのこと。

手術で胆のうを除去する以外、完璧に治す方法はないと言われました。

今まで経験した麻酔はせいぜい親知らずを抜く時などの部分麻酔くらいだった私、全身麻酔を要する手術は怖いとしか言いようがありません。

ただし、開腹手術ではなく腹腔鏡手術にするため傷口は小さくて済み、術後の快復も早いと聞いて少し安心しました。

手術は9月18日に決まり、その後も手術の説明や検査のために数回の病院通い。

子ども達の面倒をみてもらうため大阪から義父母を呼び寄せ、娘のお食い初めや4か月健診を手術前に済ませて17日に入院。

娘はやはり完全母乳で育てていましたが、手術後しばらくは母乳をあげられない(麻酔や鎮痛剤を使うため)ので、初めて粉ミルクを用意してもらうことに。

手術当日は、夫や子ども達はもちろん、私の父と母、義父母も病院に集結し、頑張れ頑張れと励まされながら手術室へ。

麻酔のための点滴が打たれ、針を刺した部分から腕にひりひりした痛みが走り、看護師さんがさすってくれたところまでは記憶があります。

その後、しばしの空白の時間。

たとえるなら、映画の中で場面転換される際などに挟まれる、数秒間の音のない真っ黒な画面のようなもの。

もしかしたら、死というものもこのようにあっさり訪れるものなのかもしれません。

そう考えるようになってから、何となく死に対して気楽に構えられるようになってきました。

そして、私の名を呼ぶ複数の医師の声。

手術が今終わったのかな、と重いまぶたを開けると、今度は遠くから家族の声が聞こえて心配そうに私を見る顔も目に入りました。

どうやら病室にいるようです。

体が氷のように冷たいことに気付き震えながら「寒い」とだけ言うと、慌てて看護師さんが温めてくれました。

ベッドや体にはあれこれ機械や管がつけられ、動くことすらままなりません。

その日は1日安静にし、翌日から歩けるように。

歩いた方がいいと言われていたので、左手で点滴の台を押し、右手で息子の手を引きながら病院の廊下をうろうろ。

娘のことが心配でもあったので、その翌日には退院しました。

しばらくは鎮痛剤が手放せず、仕方なく娘にはミルクを飲ませましたが、ミルク嫌いで1度に飲む量が50ccくらいにしかならず萎えました…。

後日、肝臓の数値を再検査したところ、見事正常値に戻り一安心。

その時に、摘出された胆のうの中にあった結石の一部をもらいました。

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「なぜこんなに黒いのか」と聞くと、「ビリルビンという色素が固まったから」という答え。

調べてみると胆のうの結石には「コレステロール結石」と「色素結石」の2種類があるらしく、私の場合は後者だったようです。

さて胆のうがなくなって大丈夫かという疑問がわいてきましたが、医師の話によると「胆のうは肝臓で作られた胆汁を溜めておくだけの器官。なくなっても胆汁は出るので、全く問題ない」とのこと。

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(分かりにくいので図示。胆のうの石が胆管に詰まることで炎症が起きていたそうな)

まさか胆のうが、そんな盲腸みたいな扱いだったとは。

というわけで、今はあの恐ろしい痛みに悩まされることもなく快適に過ごしております。

ただしアレルギー性肝炎のリスクはまだ残っているので、楽観視できませんが。

さて今回のブログを読んでくださった皆様、この病は決して他人事にはできませんよ。

というのも、胆のう結石のリスク要因として挙げられる「5F」の内訳は、「Forty(40代)」、「Female(女性)」、「Fatty(肥満)」「Fair(白人)」、「Fertile(多産)」だからです。

白人、という要素を持つ方は少ないかと思いますが、それ以外は『サンキュ!』読者層にあてはまる部分が多そうです。

特に、私のブログを読んでくださっているのはアラフォー世代の方が多いような気がしますからね。

脅すわけではないのですが、誰にでも起こりうる病気だと思っていてください。

人生50年の時代だったなら、私の人生はあと10年ほどとなりさほど体に気を遣わなくても良かったかもしれません。

しかし現在は、人生80年は当たり前(受け入れがたい)、ともすれば100年生きる人まで(想像できない)。

ガラスの器を優しく重ねるように、薄氷の上を渡るように、自分の体をいたわってあげたいと思うきっかけとなった出来事でございました。

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コメント(2)
mioさん、コメントありがとうございます。

最初に肝炎で入院した時、お母ちゃんが体調を崩すと影響が半端ないのだなあと身をもって知りました。

本当に体調第一ですよね。

mioさんもいろいろと大変でしょうが、無理なさらずゆるっと子育て頑張りましょう。

アレルギー、本当に怖いですね。食物アレルギーほど原因物質が特定できないのが薬物アレルギーのもどかしいところのようです。

変な薬飲まないよう、気をつけます…!
by danngo 2018/09/06
大変でしたが
明確な原因が見つかってよかったですね
年齢を重ねれば
体調第一。

元気があればなんでもできる!と
顎が出てきます。

お互いに無理なく
健康にやっていきましょう。

参考になる闘病ブログ、
ありがとうございました。

アレルギー等で再発しないよう
祈っています。
by mio 2018/09/06