2018/03/12 23:41


防災関連

懲りずに4日目です*^^*

我が家の備蓄食や防災グッズを

一部ですが紹介させていただきましたが

紹介させていただいたものそれぞれに

私なりの理由―被災地での学びがありました


今日は

私の被災地で学ばせていただいたことについて

書きたいと思います








私自身は

大きな災害の経験はありません


ですから

被災した方の気持ちを

本当に分かっているわけではないと思います


たくさんの、悲しい思いをされた方

苦労をしていらっしゃる方の気持ちに

寄り添えていないと

思われるかもしれません


もしも不快な思いをされる方がいらしたら

申し訳ないと思いつつ

書かせていただきました





私が初めて被災地に行ったのは

阪神淡路の大震災後です


25歳まで学生を続けていた私は

震災の時にまだ学生でしたので(当時24歳)

お金はないけど時間はある状態


身近な教授の呼びかけで

ボランティアと称して

1週間×3回

神戸にほど近いところに行きました


現地集合、現地解散(自己責任)

寝袋を持って行き

教会で雑魚寝生活しながらでした


まだ交通もあちこち寸断されたままでしたので

大阪から先は乗りかえ乗りかえ・・・

やっとの思いで辿り着きましたっけ


そこで暮らしている方は

この大変な移動が日常なのだと驚きました

本来なら15分で行けるところを

ぐるっと遠回りして1時間以上かかるのですもの





地図を片手に初めて行った時の衝撃は

とても大きかったです

テレビや新聞で

たくさん報道されていましたから

あたりの様子は想像ついているつもりだったのですが

衝撃が大きすぎて

ちょっと情けないことに

1日半、食事がほとんどとれないほどでした


最初の学び

「わかっているつもり」は

本当に「つもりでしかない」



テレビを見ていても

小さな画面でしか見ていないのですね

しかも

ニュースなど、「その時間」が終われば

終われるのです

自分で消すこともできるのです


でも

そこにいる方々は

目を開けている限りどの時間も

360度その状態に囲まれている

それが

ずっとずっと続くのです


景色だけでなく

においや音なども画面からは伝わりませんが

そこにはあるのです

目を閉じても離れられない

におい・音・空気感

そして先の見えない不安も・・・


これは想像しきれないものでした

頭でわかっているつもりでも

ちっともわかっていなかった


そのことがわかっても

一人ひとりの悲しみは

結局、想像しようと思っても

想像しきれるものではないのだと思います





二つ目の学び

特に子供たちは

何度も心が引き裂かれるような別れを

経験していること



ボランティアの学生などが

子供たちと遊ぶことがよくありました

私も経験しましたが

一人の子に言われたのです

「どうせすぐ帰っちゃうんでしょ」


言葉になりません

言葉にならない悲しみを感じます


「帰る場所があるんでしょ」

とも聞こえます


さらに

「遊んであげる」なんておこがましい

仲良くなれたらなれたで

何度も悲しい別れを経験させてしまうのです


すでに

一番大切なお父さんやお母さん

兄弟や祖父母、お友達との

永遠の別れを経験していた子も何人もいました


悲しみを何度も経験させているのかもしれない

優しいふりして

余計傷つけているのかもしれない

ということに気付きました


気付いてもそこまでで

どうしていいかわからなかったし

今もよくわかりません



最近では

子供と遊んだり話を聞いたり

一緒にご飯を食べたりするのは

ボランティアではなく

長く一緒に過ごせる人が中心になっている印象です


子供に限らず

継続して会えることが保証されることは

傷ついた心にはとっても大切なことですね


少ししかお手伝いできないのなら

肉体労働中心のほうがいいなぁ

と思います







次は東北の震災です

この時も1週間という短い期間でした


まったくお役には立てなかったんじゃないかな〜

外から入る人間ができることは

「わずか」とも言えないほど

小さいものです


この時の学び

報道されない問題がたくさんある


たとえば・・・


そこで暮らしている方々には

本当に申し訳ないと思ったのですが

目や肌が敏感な私は

そこに着いた日の夜から

肌がチクチクヒリヒリしてしまって

辛かったです

目もチカチカすることもありました


きっと空気中に目には見えないレベルの

小さな化学物質が舞っていた
のだと思います


街の大部分が

津波の被害にあってしまったところだったのです

崩れた家やビルなどから

放出されたのかな


原発の放射線程の深刻さはなくても

何かしらの影響はあるのではないかと思いました


私の防災グッズに

ゴーグルやオールインワンクリームが入っているのは

このためです


小物あれこれ.JPG
昨日と同じ写真ですが・・・





他にも

ここにはとても書けないようなこと

色々ありました


そこで過ごしている方々は

たくさんの苦労をしているのに

「自分よりももっと大変な人がいるから」

と言って

たくさんたくさん、我慢をしていました

「忍耐強い」という一言で

片づけては申し訳ない・・・


どんな言葉を選んでも

足りないということだけはわかり

言葉を失ってしまうことばかりでした







一昨年の4月


「今回は一緒に行くよ」

「え?僕なんかが行って役に立つの?」

「役になんて立つわけないでしょ」

「え??じゃぁなんで行くの?」


息子の当然の疑問にこんな説明をしました

「1俵(60キロ)の米俵から米粒1粒つまみ出したって

減ったうちに入らない

もちろん腹の足しにもならない

でも

米粒を1粒つまみ出す人が

1万人集まったら、どうなる?」


「あ、そうか

わかった、行くよ」


そんな会話を息子と交わして行った熊本


ゴールデンウィークに3日間だけという

超短期スケジュールでの

肉体労働


非力で体力もたいしてない私は

息子以上に役に立たないというのが事実です


息子に「実際そこで見る」ことが

テレビの映像とどれだけ違うのか

知ってもらおう


そこに暮らす方々がいる

ということさえ

実はうまく想像できないという事実だけでも

知ってもらおう


わかったつもり、想像したつもり

あくまでもつもりでしかないこと


かつて私が学んだこと

息子にも学んでもらおう


そんな利己的な理由から

息子と一緒に行ったのでした


ほんの少しだけ

時間と体力を使いましたが

本当は

その時にかかったお金を寄付するほうが

よっぽどお役に立てたでしょうに・・・



それでも

小さな力を集めると

それなりの力になること

あちこちから

何かできないかと思い

その想いを形にして行動しようとする人が

これだけいるのかと

息子は驚いておりました


息子もたくさんの学びと優しさを

経験させていただいたのでした







ここに挙げたことは

ほんの一部です


言葉にし切れないほどのことが

たくさんあり

気付きや学びもたくさんありましたが

私の力ではうまく表現できません


そして

私がまだ気付きさえしていないことは

いったいどれくらいあるのでしょう


たくさんの方の

たくさんの思いがあるはずということしか

わかりません


想いをめぐらせる・・・

めぐらせようとすることしか

できませんよね・・・


できていると思いこまないほうが

いいような気がいたします








「忘れないでほしい」

テレビの特集などで

多くの被災した方がおっしゃいます

東北の方がおっしゃるのを

今年も、何度も耳にしました


きっとこれは最低限の願い

たくさん願いや想いはあるけれど

せめて、忘れないでほしい


ということなのだと思っています


7年前に岩手でお会いした

忘れられない方がいます

会いに行ったら会えるのかな・・・


熊本で出会った当時高校生だった二人は

無理かな

名前もわからないし・・・


他にもまだまだたくさんいるのです

そして

お会いした方ばかりじゃないですね


たくさんの大切なことに気付かせて下さった方々

今も深い悲しみや取り戻せない過去を

乗り越えようとしている方々


そっくりそのまま

気持ちがわかるわけではないけれど

想いを馳せて

私なりに理解したことを

何かしらの役に立てていきたいです























内海舞さんのファンになる
この記事がいいと思ったらクリック!
この記事をみんなに教える
  • ごはん
  • おうち
  • ハンドメイド
  • やりくり&懸賞
  • 健康&ダイエット
  • ビューティー&ファッション
  • おでかけ
  • お買いもの
  • 子育て&家族の話
  • あれこれ
コメント(0)