2017/10/11 21:28

昨日珍しく体調絶不調だった息子くん

お陰さまで今日は元気になりました

皆勤の夢絶たれ

休みやすくなったついでに

今日は家でゆるりと過ごしていたようです


私は午前中に

ひと月半前から予約してあった

市の健康診断に行きました
午後は普通にお仕事です


昨日は息子くん

状況は違えど 今日はわたしが

本当に珍しく保険証を必要としましたが

そんな中 ふと頭の中に思い浮かんだこと





保険証の裏には

脳死の際に臓器移植をするかしないか

してもいいならどの臓器なのか

その意思を表明する欄がありますね
国民健康保険以外もそうなのかはよく知りませんが


脳死状態になった本人は

自分では意思を伝えることができませんものね


10月に切り替えの国民健康保険は

9月中に新しい保険証が届きますので

毎年その時期に息子と記入しております


パートナーがいれば夫婦間で

「家族署名」欄を交換し合うのでしょうけど

我が家は息子との交換です


「死」や「お金」に関わるシリアスなテーマは

避けたくなると よく言われますが

もともと「タブーな話題」という概念がない我が家では

結構きわどい話もしますので

必然的に自分の考えをそこで伝えあえます



みなさんは

夫婦や親子(自分の親も含めて)と

忌憚なく意見交換なさいますか?


お子さんがまだ小さいかたは難しいのでしょうけど

ある程度大人っぽくなってくると

いろいろ意見を聞かせてくれて

思わぬ意見や不安も知ることができて

さらに臓器移植に関しては毎年話すせいか

我が子の成長も垣間見ることができて

なかなか面白いです




初めて話した時は

学校の授業でのテーマだったらしく

彼から「お母さんはどんなふうに考えているの?」

と聞いてきました


お友達のいろいろな意見を聞いた後だったので

さまざまな視点があることもわかった上で

確認したかったのでしょうね


折しも保険証が届いて間もない時期

(先生、わざとその時期に授業のテーマにしたのかな?)

実は保険証にこんな欄があってね

と見せながら話したのでした

ちなみに息子くん16歳

高校1年生でした



自分が提供する状況になった時

と言うより

相手(大切な家族)が脳死状態になった時に

果たして「どうぞ」と言えるか


というのが

一番の問題ですね


私の意見はもう定まっていたので

まず息子くんの意見を聞きました

そして

「もしお母さんが脳死状態になった時はどう思うかな?」

ということも聞きました


それまで二人で話したことは一度もなかったにもかかわらず

考え方があまりにも似ていたのに驚いたのですが


それから2年


成長とともに少し意見が変わるのかなと思いきや

表現の広がりや

別の考えを持つ人の気持ちに理解を示す

という成長を見せてくれましたが

自分自身の考えは

3度目の意見交換でも変わっていませんでした
きっとこれからも変わらないんだろうな・・・



人によって様々な意見がありますし

どの考えにも間違いはないので

ここでは「我が家の意見」には触れずにおきますね


ちなみに

息子たちにこのテーマを提供した先生に聞きましたら

いろいろな意見・考えが出てきて

皆真剣に考えていたけれど

「自分が提供するのはいいけれど

親が脳死になった時に

「提供します」とは 言えないと思う」

という意見が多数だったそうです


「親がいなくなる」

という現実を想像すること自体が初めて

という生徒も結構いたようです




ご夫婦やそれぞれの親御さん

それにある程度成長しているのならお子さんと

このような話題を避けていた方


家族で意見交換をすると

今まで気付かなかった

相手の価値観や

当たり前過ぎて日常では忘れやすい

相手の存在の大切さが

確認しあえるかもしれませんよ





我が家にタブーな話題はない

と書きましたが


「もし明日お母さんが死んだら

どうしたらいいか」

という話題を

中学校生活最終日に待ちかけられた息子(笑)


実はそれ以前に

「もしお母さんが死んだらどうなるんだ?」と

不安になったことが何回かあり

でも自分からは話せなかったんだ

と言っていました


「父親を頼ることはありえない

祖母二人も無理

(祖父はどちらもいない)

一人になったらどうしたらいいんだ?」

という不安・・・


私の父親(息子の母方祖父)がなくなった年齢と

当時の私の年齢が同じだったため

ありうる話だと思っていたと・・・



まず誰に相談するか

これからの生活はどうなるのかなど

いろいろ話しましたよ


思いがけなかったのは

「わんこ達をどうするか」と心配したこと

ごめん!母さんそのこと考えていなかったあせあせ(飛び散る汗)



それから1年後

目の前で大きな事故がありました

もし運転手が反対にハンドルを切っていたら

私は間違いなく死んでいたな

と思ったのですが

「その時」がいつくるかは

「その時」にならないとわからないのですよね





気にはなっていても

「自分の親と財産の話はできない」

「病気の話は避けている」

などと感じている人が多いと言われていますが

大切な人だからこそ

大切な話をちゃんとできる関係って

大切だと思っています



皆さんはそのようなテーマについて

どのような考えをお持ちですか?

パートナーや親と

話し合ったこと

ありますか?





今日はかなりシリアスなテーマになってしまいました


↓ お口直しの一枚 ↓

空に向かうコスモス2.JPG


ここまでお読み下さった方


ありがとうございました





あなたとあなたの大切な人の笑顔が

ずっと続きますように


そして我が家も

息子くんが安心できるように


毎日笑顔で過ごします



















タグ(関連ワード):育自
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コメント(3)
とりのさん

コメント二つもありがとうございます♡
コメント投稿した後の画面が今までと違い焦りますよね。「え?今のエラー?」となりましたか。私も初め再びコメントしようか悩みました。紛らわしいですね(笑)

「自分が提供するというのは簡単だけれど、大事な人の動いている心臓を止める決断をするのは苦しい」
そう、そこなんです!!わかってもらえて嬉しい♡♡

私の父は私が中学2年生の時に蜘蛛膜下で他界しました。父の最後の日、朝から母は留守で、救急車の付き添いも、夜まで病院で付き添っていたのも私だったんですね。その時は何も聞かされず(そりゃ〜、ひとりでいる中学生の女の子に突然現実つきつけたりしませんよね)ただ眠っていると思っていたのでした。
もう30年以上前の話です。もしあの時、ドナーカードや保険証を通して予め意思表示ができたとして、両親が提供するという意思表示をしていたとしたら、どうなっていたのだろうかと思います。
親子でいろいろ(楽しい会話も含めて)話をするような家ではなかったので、きっと知らされていなかったろうから、まだ心臓が動いている父親の臓器摘出手術を知ったら、パニックに陥っただろうなぁ。
私が付き添っている間は、私は眠っていると思っていたのですが、きっと脳死状態だったはずです。あ、手は冷たかったです*^^* 冷たいから、寒いのかな、もう一枚お布団掛けてもらった方がいいのかな。あっためてあげたいなと思っていました。
そんな経験があるのでね、私にはとてもリアルなんですよ。充分あり得る話。

実際の仕組みはよくわかっていないことに気付いたのですが、もし本当に脳死状態になってしまったら、その時にもう一度意思確認があるのかな?
きっと、カードに署名する段階で、リアルにイメージできる人の方が少ないと思います。だから、サインする段階では「人の役に立てるのならその方がいいよね」という思いでいると思うのです。直面して初めて本当の気持ちはそんなもんじゃないと気付く場合が多いのではないかと。
また、パートナーはじっくり話して納得していても、親がまだ健在な場合、「絶対無理」と納得なさらないことも多いのではないかと。
時間の猶予が無い中で、人生最大の決断をいきなりつきつけられた時に、自分の一言で状況を変える(提供)よりも、現状維持を選択し、思い出に浸ったり心の中の整理をつけ始めるほうが、絶対に楽だと思います。
だから提供者が見つからず、ドナーカードができたのでしょうね。予め想定してない人が、いきなり現実にぶつかって受け入れられるような軽いものではないですから。

息子は「情」を理解していたうえで、「他の人の体の中でずっと生き続けている、という考え方もあるよね。本人と会話できないのに、ほんのわずかな時間を引き延ばすのはただの自己満足でしょう」「自分やお母さんがドナー待ちをしているとしたら、英断してくれる人がいないとどうにもならないよね。一度に何人ものドナー待ちの人と、その人を大切に思っている家族の希望になれることを考えたいな。自分の英断で何十人もの力になれるかもしれないんだよね」
とても明確明快な思考をすでにしていることに、驚きと頼もしさも感じました(*^^*)

とりのさんも、是非旦那さまと、いろいろな立場を想定しながら、たくましい想像力を働かせながら、考えてみてください。
すぐに答えが出なくてよいと思います。時間とともに変わります。親の存在もあります(できれば親とも話しておけるといいですよね)。子どもの年齢にもよります。
奇跡を信じたくなるかもしれません。心臓が動いているのですから、頭で理解しても、ハートは受け入れにくい。きっと実感なんてないのです。心臓が止まって初めて理解しようとし始めるのが普通な気がします。
だから、想像が広がれば考えも変わるかもしれません。私や息子のように、ぶれないほうが珍しい気がします。

ついつい書き始めたら長文に。スミマセン。
本文にしてもいいような気合の入り方ですね(笑)
「自分が提供するのはいいけれど、親がそうなったら言えないと思う」
泣きました…。
そんな状況に子供を置きたくないから、毎日ちゃんと生きよう、色々気をつけようと思いました。
気を付けてどうなるでもない部分もあるのが人生ではあるんですが(^_^;)

自分が提供すると言うのは簡単だけれど、大事な人の動いている心臓を止める決断をするのは、苦しいですね。
体は暖かいし、じゃあもしかして…と希望を持ちたくなってしまうから、苦しい。
それでも決めなきゃいけないのだから、元気な時に納得いくまで話しておかないと後悔しか残らない。
夫とちゃんと話しておこうと思いました。

語り合える親子関係、素晴らしいです。
自分の意見があって表明もできる息子さん、素敵ですねぇ。
思想の深さが姿の美しさにも出ています。
近くにいるお母さんが魅力的だから、同じように育っていくのかな?
内海さん、尊敬です!
脳死の話を夫とした事があるのですが、お互いに
「自分だったら移植してほしいなー」
で止まり、相手がその状況になったら、という所にはいかずに終わっていたなぁと思い出しました。

そうなんですよね、本当の問題は『家族がそうなった時に自分はどうするのか』の方なんですよね…。
何を選んでも、まったく後悔しないという事は無いと思うんです。
それでも、私達はこれを選んでいたのだから、という根っこがあれば、上まで行けずとも前は向ける気がします。

子供がもう少し大きくなったら、膝を突き合わせて話したい内容です。
息子さん、素敵ですねぇ。語り合える親子、羨ましいです!!
うちのも、今からちゃんと仕込んでいこう(笑)