2019/08/19 16:56

私は、よくこのブログで、実の両親(毒親)を批判している。




理由は、


"親を尊敬するのは当たり前"
"親と仲良くするのは当たり前"


という、社会の価値観を覆したいから。




親を敬い、共に楽しく生きることは、確かに良いことかもしれない。



しかし、現実の世界には、毒親の虐待に苦しめられている人がいる。

そんな人にとって、親を尊敬することや、親と仲良くすることは、当たり前ではない。

どんなに感謝したくても、仲良く暮らしたくても、当然のようにできない。

まともな愛情を受けたくても、当然のように受けることはできない。

毒親もちの子供にとって、親に感謝できること、親と平穏に暮らせること、何気ない親からの愛情を感じられることは、当たり前でなく、最高の幸せだ。





第3者が、被害者の「◯◯されてとても辛かった」という感情を、理論上理解することはできても、

経験者本人(伝えたい思いが強い人間)が伝えなければ、社会には響かない。

社会は何も変わらない。





もしも私が、

虐待で辛い思いをしたにも関わらず、

大多数の意見に合わせて、「親に感謝するのは当然!」

などと言ったら…

世間の虐待を受けた人たちは、希望を失い、こんな理不尽な世の中が正しいのか、自分の考え方は間違っているのかと混乱し、ますます苦しむだろう。

勇気がもてなくなり、自分の殻に閉じこもって、余計に生きづらくなってしまうのではないだろうか………。



私は、周囲との同調を重んじ、周囲との違いを隠して生きるつもりはない。

そんなことに幸せを感じないし、それが正しいことだとも思わない。



親なんて全く尊敬できないよと。こんな酷いことされたんだよと。

被害者は、堂々と本音を言っていい。

そんな親が存在する訳ないとか、
本当は愛情があるんだとか、

逆に批判をくらったとしても、

現に存在する。悲しい思いをしている子供が。
それが何よりの証拠である。
毒親の心にあると確実に言えるものは、歪んだ愛情だ。

周りの意見に惑わされ、(声を上げることが)常識外れなんじゃないか、恥ずかしいことなんじゃないかとクヨクヨしているだけでは、毒親もちの人間は、一生肩身の狭い感情から抜け出せない。




ブログだから言えるんでしょ!と思うかもしれないが、私はメディアに顔を出してでも話せる。

それほど覚悟して記事にしているし、間違いではないという自信がある。

ただ単に、自分のストレスを発散させたいとか、愚痴を聞いて欲しいとか、そんな理由でグダグダ書き綴っている訳ではない。




私は、誇れる目的と信念をもって、毒親をディスっている。




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