2019/09/14 23:47
こんばんは^^

おとわです♪

闘病記の続きです

今回はワタシが母との会話で気を付けていたことを中心に書きます

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副作用に苦しみながら母は抗がん剤治療を受けた

私は少々迷惑だろうなと思いながら毎日電話とラインをした

声を聞かないと不安だった

母は運がよかったのか実は髪の毛がほとんど抜けなかった

見た目的には顔がむくんでいたくらいであまり変化がなかった(妹に写真を送ってもらってた)

そうして一時退院

これを繰り返す

退院しているときも基本的には家でゆっくりしていた(…と思う)

そういえばある時こんな経験をした

私はとても野生の感が働く人で(;^ω^)←決して霊感とかではないと思う(`・ω・´)

その日は珍しく母の夢を見た

子どもたちに「おばあちゃんちに行けないの??」と聞かれ「今日はお祖母ちゃん用事があるのよ」と答えたような夢

その夢がどうにも気になって

母に電話してみた(その日は出かける予定になっていて夜電話をするつもりだった)

そしたら母は驚いたように…そして言いにくそうに

「実は今熱を出してるの」と言った

母の話を聞くと…

熱が出ているのだけど病院に電話していいかどうかわからない。。病院に行くほどではないかな―ーと思って横になってた

…らしい

なんでやねー――――――んヽ(`Д´)ノプンプン

と言いたくなるのをぐっとこらえて

「そうなの?大丈夫??別に気を使わずに病院に電話するだけしてみたら??」

と務めて明るく話してみた

私の母はとても周囲に気を使う

結構自分で我慢してしまうタイプだ

そして病気でとても精神的に弱っている

病気が発覚して私は努めて母にたいしたことないんだよーーという雰囲気で話していた

この時も心配してるけど心配していないふりをしまくって「たいしたことないんだよーーー」的な明るい感じで話した

それでも煮え切らなかったので…こっそり妹にチクって母の様子を見に行ってもらった(結局病院に電話をして症状を話したそうだ)

母が一番病気にショックを受けているし不安に思っていただろう

周囲に…特に父に迷惑をかけていることで心を痛めているのも知っている

そんな時にたとえ正論でも相手に寄り添わないことを言うのは絶対に間違っていると思った

もともと人をあまり否定しない(職業柄か??)ように気を付けていたが、この経験を機にますます気を付けるようになった

母はその後抗がん剤治療をうけ…その抗がん剤がメガヒットに効いた様で…すっかりと大丈夫になりました

その後は…年に何回かの経過観察だけでとても元気に生活をしています

体重も元に戻り…仕事も次の人にゆずり…今はコーラスグループに入ったりと楽しそうに生活しています

母はおそらくとてもラッキーで…私は今でも4年前のあれは夢だったのでは…と思う時があります

でも母は今でもお世話になった病院のそばに住んでいて…私は年に何回か仕事の引継ぎで関西に来ている時にだけしか会えなくなってしまってます

現実なんですよね

でも、今「口は大きく声が小さくがモットーなのよ(`・ω・´)」と言いながらコーラスを頑張ってる母も現実です

本当に数々の偶然が重なって元気になってくれてよかった

本当はもっと色々あって…母が泣いていたときもあったのですが…その時もひたすら「大丈夫大丈夫」言ってました

人生で一番ポジティブな言葉を発しまくってた時でした

今でも…笑うことがとにかく健康にいいみたいな話をうのみにしてしょっちゅう子どもたちの様子をラインで報告しています

子どもが頑張ってくれた動画等を送っています

なかなか会えないので子供たちに協力してもらいまくりです(たとえ高校生であっても「おばあちゃんに見せるから!!送るから!!!」と強硬に写真を撮ってます(`・ω・´))

そんな母の闘病記でした

長々と…本当に長々と書いてしまいました

思いだしたくないこともあって全て書けなくてすみません><

でも一生懸命に書きました

誰かの参考になればうれしいです


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2019/09/13 23:50
こんばんは^^

おとわです♫

人生色々なことがままならないようで…ただいま模索中〜〜なわが息子

中々色々なことが狭き門

ワタシは彼が納得してくれたらそれでいい

そうして本日も話を聞いておりました

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闘病記の続きです

母はその病気の専門機関で治療を受けることになった

手術はできなかったので抗がん剤治療を行うことになった

父は

「手術…できなくてよかったんじゃないかと思ってる。。あんな小さな体にメスを入れることはかわいそうだ」

とひっそり私に言ってた

父の気持ちが伝わった

専門機関なので患者さんはみんな同じ病気の人

母にはそれが心強かったようだ

初めての入院ですごく不安だったようだが皆が励ましてくれたらしい

ありがたかった^^

抗がん剤治療はやはり気持ち悪かったようだ

父と妹は毎日交代で会いに行っていたようだ

私はしんどいだろうなーーとは思っていたが毎日電話した

声を聞かないと不安でしょうがなかった

妹から写真も送ってもらった

顔はむくんでいたが笑顔だった

毎日毎日心配だったけどとりあえず電話しながらメールしながら日々過ごした

多分…迷惑なムスメだなーーと今なら思う

抗がん剤治療が終わって一度退院

家事もできないだろうなーーと色々と料理を作って冷凍便で送ったりした

…結局しんどくて食べられなかったらしいけど

母はとても頑張っていた

時々泣いてる時もあったけどそれは「父に迷惑がかかる」ということで泣いていたようだ

「大丈夫だよ。。迷惑なんて思ってないよ」と私は言い続けた

お金がかかってることも心配してた

父は「大丈夫だ!!がん保険がある!!!」と励ましてた

…この励まし方って…どうよ(;^ω^)

まぁ…それで母が元気になるならいいや

そうして…時が流れた

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2019/09/09 23:57
こんばんは^^

おとわです♪

一昨日は次男の高校の文化祭でした

演奏は聞けたけど…本人が見えず(;・∀・)場所取り失敗Σ( ̄ロ ̄lll)

まぁ司会をしているところは見られたので…良しとしよう(* ̄▽ ̄)フフフッ♪

そんな感じで闘病日記の続きです(またしても明るく入る)

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母が入院する前に何度か母に会いに行った

母は…元気で相変わらずバタバタしていたけれど、やはり不安だったんだと思う

ある時、断捨離をすると言って服をどんどん捨て始めた

どうせ引っ越すし…とゴミ袋に放り込んでいた

私は「いいんじゃない?捨てたかったら捨てたらいいよ」と言った

父は「そんなにいきなり色々捨てなくても…」と言ってた

私は「まあまあ…いいじゃん。お母さんが捨てたいんだからさ――」と言った

皆…不安だったんだと思う

でも決して母のことは否定しなかった

子どもが生まれて私は母のことをずっと「おばあちゃん」と呼んでいた

特に理由はないけど…子どもが混乱するかなー―と思って呼んでいたように思う

でも、、母が病気になって私はもう一度「お母さん」と呼ぶようになった

なんでだろう

子どもに戻りたかったのかなぁ――


相変わらず民間療法的なことはしていた

「癌に効く」という料理を調べて作ったり「癌に効く」というマッサージがあれば試してみた

効いたのか効いてないのかは全然わからないけど

ある時、マッサージをしているときに

「気持ちいいね――幸せだわーーー」

と言ってくれてたのでまぁいいか…と思った

母の手足は冷たかった


ある時、一緒に買い物に行った

母がボソッと「治療したら髪が抜けるかもしれないって言われたのよねーー。。お母さんどうしよう…」と言ってた

そうだよねーーーいやだよねーーー

母にニット帽を二つプレゼントした

とても喜んでいた


ある時、朝早くに母が起きていた(この日は泊まっていた)

こそっと一人で体重を測っていた

「何してるの?」と聞いたら

すごくびっくりした顔して

「なんかねーーー体重がシューシュー減っていくのよねーーー」

と言ってた

「そうか…じゃあ治療が終わったら食べて太らないとねーー。。太って褒められるなんて赤ちゃん以来だねーーー」

と言ったら「ホントだ――――」と言って笑ってた

この頃は誰も泣いてなかった

でもみんな不安だった

私が気を付けていたことは、いたって普通にふるまうことと本人を否定しない事

とにかく、母の好きなようにしてもらっていた

そして母を不安にさせないように絶妙な切り返しを常に考えていた

荷造りを手伝ったりもした

いよいよ…入院の日が来た
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