2019/01/29 15:30


こども達が葬儀に一から座って

参列するのは初めて。

騒がしいと迷惑がかかると、

控え室などで避けてきました。

が、

●人が死ぬこと
●死ぬという言葉の意味
●死ぬとどうなるか

を伝えたくて、

初めから居合わせました。

こども達は

お経の時もボソボソ話しました。

食事も楽しそう。

親戚の同世代と楽しい様子。

ガミガミ言っても仕方ないけど、

ついつい言ってしまう。

ひいおばあちゃんだから、

いまいち実感が無いのは

仕方ないけど、、

告別式

棺に釘が打たれ、

私が泣くと、

抱っこしていた3歳の娘が泣きました。

ひいおばあちゃんとは

面識も、思い出もない娘。

なんで泣いてんの?

と、聞くと、

“おかあさんがないているから”

と、一緒に泣いて、

私の肩をぽんぽんと、慰めてくれました。

先日の記事で

トッププロガーのみい太さんが

言ってくれたように、

“涙を通じて伝わるもの”

が、娘にあったのかなと。。

はじめてこども達は

仏様の骨を壺に入れました。

怖がらずに。。

父の時、義母の時に避けた。

全てを終えた、

息子の感想は、

“死ぬって悲しいことやと思った。
だって、一生会えへんことやもん。”

ちゃんと伝わったかな。

隠さず、

省かず、、

ひいおばあちゃん、おじいちゃん、

義理のおばあちゃん、、

もう会えないけれど、

心に大切なことを遺してくれる

機会は省かず、

ちゃんと伝えるべきだと思った。

いい加減な嘘も、

もうやめよう。。


おばあちゃんがくれた

最期の贈りものは

私を母にしてくれたこと、

だったのなら、

大切にしないとね。


“人は、前者からバトンをもらい、
自分の人生を全うし
次へつなげる。”

私は次へ何を渡せるだろう、、

と、思うと

恥ずかしながら

今の自分ではダメだと、

思った、

大切な学びの時間でした。


辛いことには、
意味がある。
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さむくても、

インフルエンザ流行っていても、

意味がある。


それが生きてるてことで、
有難いことだから。



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2019/01/27 11:52

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雪の日本海へ向けて、

運良く雪景色。

川と雪の木々はとても美しく、

今しか見れない景色の儚さを

ゆっくり見ることが出来ました。

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キャンドゥで買った折り紙の本、

車内で祖母を送るために

折ろうともってきました。

こども達も集中して、

良い感じ、

と、思ったのは30分程度、、

車内で静かにはなかなか難しい。。

oio

大きなことがあると、

景色が変わるもので、

楽しかったり、

笑ったり、、

大切だなぁと。

昨日も、ガキの使いDVD、

笑ってはいけない in 湯河原

という、

私がドイツで寂しい時に見ていたDVDを

寂しいときにこども達と見ました。

当時と同じように、

ワインとDVDを見ながら大笑い。

1つ違うのは

こどもがいること。

12年前には考えられなかったなと。

自分の子どもと見るなんて、、

たくさん笑って、

笑う門にも福来る

通り、ドイツ留学も楽しかった。


祖母の見送りも、

笑えたらいいな、、

というのは理想だろうけど、

こども達がいたら

ちょっとは強くなった姿を

祖母に見せれるかな。




またこんな話ですいません。

お付き合い頂き、

ありがとうございます。
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2019/01/26 07:52
1月25日14時、
 
 
こんな時間に自分でも珍しいなぁとしていた窓ふき。
 
 
ずっと晴れていたのに
 
その時だけ曇って寒くなって、、
 
 
母から電話がかかってきて、
 
祖母が亡くなったとのこと。
 
 
ここ数週間、徐々に弱っていて、
 
寿命だから、
 
大往生だと思っていたけれど、
 
確実に聞くと
 
涙があふれてたまらなかった。
 
想い出すべてがばーっとこみあげて、、
 
保育園のお迎えもいかないといけないから
 
涙をこらえて、お迎えに行って
 
笑顔の娘にぎゅーっと抱きしめました。
 
温かい。。。
 
oio
 
最後に会ったのは、
 
お正月。
 
病室でいつも寝ている祖母が
 
珍しく”わぁ”っと表情を出してくれた。
 
痴呆が数年前から入っていたので、
 
私という認識はあったかどうかわからないけれど、
 
その時だけは、きっとわかってくれていた。
 
”平成が終わるよー、新しい時まで生きていてねー”
 
と、声をかけ、
 
まだ温かい体に触れながら、
 
最後かな。。。思いつつ去った病室。
 
家に戻る前にもう一度病室へ行けたけど、
 
娘が行きたくないといったので、
 
行かなかった。
 
本当にこれが最後だとわかっていたけど、
 
どこかで母になるってこういうことだなと思った。
 
 
祖母が亡くなっても泣かない、
 
いや泣いている時間がない、
 
お迎え、ごはん、家事・・・
 
父の時もおもったけど、
 
いいのか悪いのか悲しむ時間がないし、
 
祖母のもとへ駆けつける理由が出来ない。
 
私にも家族があり、仕事がある。
 
 
 
 
 
仕事、、
 
週末仕事が入っていて、
 
もしかしたらと思い、急に交代も申し訳ないので、
 
みんなに誰か出れませんか?とお願いをしたら、
 
親身に祖母のことを心配して、
 
交代や時間調整をしてくれ、
 
個別に気遣いのメッセージをくれた。
 
思い出しただけでも涙があふれて、
 
本当に本当に職場の方には感謝しかなかった。
 
oio
 
おばあちゃん、
 
私、おかあさんになってん。
 
こどもたちを守らなあかんから、
 
すぐにそばにいけなかったけど、
 
送る会には子どもたちを連れていくね。
 
今日手紙と折り紙いっぱいこども達と作って、
 
この時間をくれたのは
 
大切な職場の方からのプレゼントで、
 
私は恵まれてます。
 
そんな土台を作ってくれたおばあちゃん、
 
ありがとう。
 
いつもニコニコしていたおばあちゃん。
 
にこにこ顔が記憶に残るように
 
わたしも子たちにニコニコせなあかんなと
 
改めて思ったよ。
 
 
と、祖母から教えてもらった
 
くず湯を飲みつつ
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また涙を流してしまいました。
 
そしたらつられて
 
こどもたちも泣き始めました。
 
小学生の長男はおじいちゃんが亡くなったことを思い出し、
 
3歳の長女はおにいちゃんと喧嘩して泣き、、
 
 
母だから涙を流さない
 
なんて無理な私だから
 
一緒に泣きました。
 
 
 
生きてることに感謝。
 
今日もいちにち感謝して呼吸をしていこう。
 
寒い日だけど、
 
ぽかぽかの体には変わりないから。
 
 
 
 
 
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