2018/01/19 00:27
こんにちは

ご訪問ありがとうございます


本当は
昨日更新したかったのですが…



1995年1月17日
阪神淡路大震災

それから23年が経ちましたね。



ニュースを見ていて

どんなに時が経っても
大切な人を失った悲しみは 薄れないことを
痛感いたしました。


そして
それでも立ち上がってきた
被災地の皆さんがいることも
実感いたしました。




実は
今回の 東北への旅で

これは運命だったのか!?
と思えるような偶然で


気仙沼の大島で
被災し

それからずっと


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みんなで立ちあがろうと

想像を超えるような苦しさを抱えながら
ふんばってきた
方達と
お会いすることができたのです


今日は
そのお話をさせてくださいね






気仙沼から

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フェリーに乗って!



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気仙沼の魚市場や漁港をながめながら
向かったのが…



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大島!


気仙沼湾にうかぶ
約1000世帯、約3000人が暮らす

「緑の真珠」とうたわれた
海の美しい島ですぴかぴか(新しい)



この日

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「明海荘」という旅館に
お世話になるためです!


…こちらに予約したのは
本当に
何の気なしに、で(笑)


気仙沼で一泊するのに
どうしようか〜
…と いろいろググっていたら

「あ、ココいいんじゃない?」と♪


リーズナブルなお値段だし、

しかも
リニューアルしたというお風呂が
とっても気持ちよさそうで揺れるハート



行ってみたら

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とってもくつろげるロビー♪

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なんと!
本物の暖炉まであって…


お風呂も
広くてキレイで とっても気持ちよく

居心地のよいお宿でした〜ぴかぴか(新しい)



この日は
気仙沼でおいしいもの食べてから行こうか〜
というつもりで
素泊まり予約だったのですが…


オーナーが腕によりをかけるお料理が
地元の食材を使った
とってもおいしそうなお料理だったんです〜あせあせ(飛び散る汗)


次おじゃまさせていただくときは
必ず!オーナーのお料理いただきたいっぴかぴか(新しい)





…実は。

この「明海荘」のオーナーご夫婦との出会いが

今回の旅行で
一番の宝物となりました。



穏やかな笑顔がやさしいオーナーと
暖炉の前で
談笑をするなかで

「実は、
自分の目で震災のことを知るために
子どもにも知ってもらうために
この旅行に来たんです」

とお話したところ…


「よかったらお茶飲みながら
少しお話しませんか?」と

P1100734(2).jpg

女将さんの かよさんから
誘っていただいたんです


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地元のおいしいお酒を飲みながら♪


…伺った かよさんのお話は

今まで見聞きしてきた
どんな情報よりも

リアルで 胸につまるものでした。



あの日。


気仙沼大島は

両側から押し寄せた
高さ20メートルもの津波が ぶつかりあって

島が二つに裂かれました。


船が流され
本土との交通手段は絶たれて 孤立


しかも

気仙沼の沿岸で発生した火災が
大島にも飛び火して

山火事が発生



本土からの応援も遅れる中

被災した島民の皆さんが
必死で消火にあたったのだそうです




死者 31人
家屋流出 136戸 半壊68戸 
船舶流出700隻 
養殖施設 全滅



そんなデータ以上に

島のみなさんの生活
子どもたちの生活は

壮絶なものだったことでしょう。




明海荘は
被災直後から
避難民7〜800人分の炊き出しを行いました。


ご主人の村上さんは
災害対策本部の一員として
不眠不休で働き


震災時は本土にいて
必死の思いで大島に帰ってきた かよさんは

炊き出しや
お風呂の無料開放

二次避難のご家庭15世帯の受け入れや

各地から駆けつけてきた
ボランティアさんたちの宿泊などを

必死で行いました。



食材がなかなか手に入らない中で

避難民さんやボランティアさんの ごはんを作らなくてはならない
プレッシャーに
夜も眠れないほどの不安に追われ


自宅さえ片付かない中

たくさんの人のお世話をして
あれもできない、これもしなくてはと
精神的に追い込まれていったそうです。



そんなとき

ボランティアの女性5人に

「目が変だよ」と声をかけられ
寝かせてもらいながら
手でさすってもらったそうです。

そのとき はじめて やっと

「疲れた」

と口に出せたのだそうです。



ご自身が
人のために
ボロボロになるまで尽くした かよさんですが

何度も

「ボランティアの皆さんに救われた」

と笑顔でおっしゃっていました。



『温もりは 人でしか届けられないと
心底感じました』

『笑顔で来ていただける大島にするにはどうしたら良いのか…
これからも
人の思いを繋げるパイプ役になりたい!』


そんな かよさんは 今

震災時のボランティアを通してつながった
たくさんの団体さんと

全国で講演したり

気仙沼でイベントをひらいたり


地元でも

地元の女性たちがつながって
元気になれる場所をと

ボランティア工房を開いたり

メイクアップと写真撮影のイベントなど
女性が元気になれることを
たくさん 行っています。



そして
中学生だったお子さん3人も

他の子どもたちと共に

体育館での避難所運営を手伝ったり

笑顔で大人たちを支えたそうです



子どもたちが

島のみなさんにとって

希望の光だったそうです。




…6年たって

今、それらのお話を

笑顔で話してくれた かよさん。



でも 少し前までは

お客様にお話するたびに
何度も何度も
涙を流していたそうです。



オーナーの村上さんは

「6年たって

やっとマイナスから

スタート地点に戻ってきたのではないか」

と 語ってくれました。



…ああ…

せっかくの宝物のような
お二人のお話を

私は
たぶん 半分も
表現できていないと思います…




どうか。

ご縁ありましたら

気仙沼大島に 足を運んでみてください。


そして
村上さんご夫妻をはじめ

島の皆さんのお話を 聞いてみてください。



このような人たちが

被災地には たくさんいらっしゃるのだと思います


ぜひ

実際に 足を運んだり

被災された方のお話を聞いたり

してみてください。




知ること

思いを運ぶこと


それが

私達にできる

大切な支援だと実感しています。



明海荘の オーナー、かよさん

本当に本当に
ありがとうございました






〜読んでいただいてありがとうございました〜


**掲載した写真は許可をいただいております**

**参考文献 「明海荘の3・11ー子どもたちが開く復興への道ー」**



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コメント(2)
舞さん
コメントありがとうございました!


この記事は やっぱりすごく思い入れがあった記事で
書くにも
書こうとしてやめて もう一度チャレンジして…
かなり時間をかけて書きました。


受け止めてくださって、本当に本当にうれしいです!


もしかして、心理ケアのお仕事で行かれたのですか?
それは…すごく過酷なお仕事だったのではないでしょうか…
でもすごく求められていたお仕事ですよね

ぜひ一度、聞いてみたいです舞さんのお話!
書き出したら止まらなくなる…
そうですよね
それだけたくさんの方のたくさんの経験を受け止めていらしたんですよね

まだまだ私も 思いを運んでいきたいです

こちらこそ
読んでいただいてありがとうございました!
by みい太 2018/01/25
みい太さん、こんばんは。
被災地を知る旅、とってもステキでした。
特にこの日の、かよさんのお話は涙が止まりませんでした。

私は震災後の5月、街のかなりの部分を波にさらわれた陸前高田に、たった1週間でしたがお仕事で行きました。
翌年息子を連れて、亘理(わたり)という地域に行きました。被災した知り合いを訪ねようと…(残念ながら合えませんでしたが)

色々思い出しました。
むこうで、やはり壮絶な経験をした方にたくさんお会いしたので。
書き出したら止まらなくなることが分かっているので、中身は自粛します*^^*

考えさせられることがたくさんだったみい太さんの旅記録。
ありがとうございました。
by 内海舞 2018/01/21