2016/03/11 14:59
こんにちは!

ご訪問ありがとうございます



3月11日。

東日本大震災から5年が経ちました。



日本中で
いろんな思いをもって この日を迎えている方がいると
思います。



私なりに思うこと
今、少しでも多くの方に伝えたいことを
まとめたいと思います。


長文になりますが
お付き合いいただけたらうれしいです。




先日
このような本を読みました。


P1050212.JPG

希望の地図

〜3.11から始まる物語〜

重松清  幻冬舎




直木賞作家で
「流星ペダル」「とんび」など
ドラマ化された話題作もたくさん書いている
重松清さん。

実は ルポライターとして
社会のさまざまな風景を描写する
執筆活動も行っています。



これも、その1冊。


今、このときに
この本に出会い、

いろんなことを考え、感じることができました。




舞台は、震災から半年後の東京。

中学受験に失敗し、いじめにあい
不登校になった 中学生が

あるフリーライターと
被災地をめぐる旅に出るところから始まります。


たぶん、筆者の重松さんである
このライターは 言います。

「『希望の地図』を描く旅は、
ここから始まるんだ。」




様々な場所をめぐり
様々な人々に出会う旅の中で

たくさんの 心に響く言葉がありました。



「街並みだけを見て
『もう震災からこんなに復興したんだな』
と早合点して
安心しちゃうやつもいるかもしれない。

安心すると、忘れちゃうんだ。

被災地のことを…

被災地に暮らす人たちのことを…


(中略)

まだ瓦礫の山が残っている町はたくさんあるし
行方不明の人もたくさんいるんだ。

津波から生き残っても
これからの生活を思って途方に暮れている人もいるし
原発事故のせいで
ふるさとを離れざるを得なくなった人もいる…


どんなに街がきれいになっても
そういう人たちのことを忘れちゃダメなんだよ、絶対に



*******


「道路ができた、橋が架かったというニュースの陰には
まだ避難所(2016年では 仮設住宅など)に
残されている人たちもいるんです。

その人たちにとっては
世の中が前にすすんでいるニュースを見ると
かえって自分だけが取り残されてしまったような気がして
落ち込んでしまう…

そのことを
忘れてはいけないと思うんです。


あるいは
入学式の様子を伝えるニュースもそう。

震災を生き抜いた子どもたちが
真新しいランドセルを背負って
小学校の門をくぐる光景は
確かにほほえましく、
希望に満ちたものだろう。


けれど、その陰には、
入学を心待ちにしながら亡くなった
たくさんの子どもたちがいる。

テレビを見ている人の中には
わが子を失った親もいるはずなのだ。

そんな人たちは、
東京のスタジオでコメンテーターが口にする

「よかったですねえ」
「被災地も前を向いてがんばっているんですね」
といった言葉を、
どんな思いで聞くのだろう…


『復興』の先頭を伝える役割を持った番組も
あると思うんです。

でも、
私たちの番組は
最後尾にいる人たちを支えていきたい。

立ち直るスピードは
みんなそれぞれ 違うんですから



********


「道が復旧したり
線路が元通りになったりというのは、
時間がかかっても
この国の力があればできると思うんです。

でも、
弱者の支援や、
そういう人たちに生きがいを持ってもらうこと

地元の人間が動かないと…」


*********



「道路や橋を復旧させるのも大事だし、
生活のさまざまな問題を解決することも
もちろん考えなきゃいけない。

でも
みんなの楽しい声を街に響かせることだって
大事なんだから


『にぎわいの拠点』を
取り戻そうっていう復興の思想、
必要だと思わないか?」


*********


「これから時間がたつにつれて
震災の傷跡は
外から見えづらくなってくるはずだ。

瓦礫の山のような
わかりやすい傷があれば
僕たちもすぐに
「大変だなあ」と思える。

けれど、
そういうのが消えてしまったあとには

想像力を働かせられるかどうか

が、とても大きな意味を持つのだと思う。」


***********


「『被災地』とはいったい
どんな土地のことを言うんだろうな。

2011年3月11日という日付は
今の時点で振り返ると
すでに過去だ。

ならば『被災地』とは

『過去に震災で甚大な被害を受けた土地』
という意味でいいのだろうか?

(中略)

人々の悲しみ苦しみは
あの日からずっと
途切れることなく続いている。

「被災」とは
過去の出来事を語る言葉ではなく、
今の状態を示す言葉なのだ。


だからこそ、
改めて思う。

僕はこれからも、
機会さえ与えられれば
「被災地」のレポートを続けるだろう。

2012年の「被災」の様子を伝えることで
まだ終わってないんだぞ、
東日本大震災を
歴史年表の一項目に収めるのは
まだ早いんだぞ、と
言い続けるだろう




(本書より  抜粋)





これは
震災後の半年後を舞台に
書かれたレポートです。


ですが、

5年たった今でも

いえ、今だからこそ

私たちに
今 何をすればいいのか、のヒントを
たくさん、たくさん与えてくれます。





心に傷を負った 不登校の中学生に
ある人がいいます。

「『夢』と『希望』の違いって
なんだと思う?」


「夢は無意識のうちに持つものだけど

希望は

厳しい状況の中で
苦しみながらも 持つものなんですよ





5年たった今。


希望は 形になってきたでしょうか。


まだ
苦しみながら 
希望を探して もがいている方もいるでしょうか。




被災地の外にいる私に
できることは何なのか。


この5年
考え続けています。



苦しみ、悲しみ、
もがいているからこそ

これからの道に 希望が見えてきますように


それを願いつつ、
自分のできることを
これからも模索していきます。



最後になりましたが
震災で、その後の混乱で
お亡くなりになった多くの方々に
心からご冥福をお祈りいたします





〜読んでいただいてありがとうございました〜
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コメント(2)
HAPPY×2さん コメありがとう!
私の勝手な思いをぶつけた記事に、そのように反応してくれてありがとう!
それが、何よりうれしいです。

この5年、
もう 震災後1年にはブログを始めてたので(そういえば…)
私に何ができるだろう、と迷いながらも 書いてきました。

正直、
部外者の私がこんなわかったようなことをえらそうに言うことで、怒る人、傷つく人がいるかもしれない。
そんな迷いがいつも文章に出てました。
実際、誰かに嫌な思いをさせてきたと思います。

でも、それでも、
たった一人でも 私の文章をきっかけに 被災地に心を寄せることができれば。
その一心で、今年も書きました。

HAPPY×2さんの
『こうやって、考え続けることも、「自分にできることの一つ」かもしれません。
悩むことも、また然り。』

その言葉に、ああ、同じ気持ちの人がいてくれた…と思いました。

少なくとも、無関心よりはずっといい。
心を寄せていれば、何かの時に情報をキャッチして、誰かの力になれるかもしれない。


特に何をする力も機会もないワタシでも、
それでいいのかな〜と…


来年も 同じように記事を書ける自分でいられるように。
心を寄せていきたいと思います!
by みい太 2016/03/12
おはようございます!
みい太さんの記事を読んで、色々と考えさせられる部分が多かったです。
考える時間を、機会を、与えて下さったみい太さんに感謝の気持ち。ありがとうございます!

私には東北に仲の良いお友達が数名います。
東日本大震災ももちろん経験した皆。
でも、本人だけでなく、皆、親戚家族知人、無事でした。
私はそれを知った時、ホッとしました。
でも、いざふたを開けてみたら、、、ものすごい数の方々が悲惨な目に遭遇されていました。
耳を疑うような実話や、目をそらしてしまうほどの映像が次々と。。

無事だった私、その方々のために、なにができたでしょう?
募金はしました。
被災地の特産物などは、率先して購入したり、食べたりもできます。

でも、それだけのことしか、できていないんです。。。

時が経つと、風化していきます。
でもさせちゃいけない。
だけど、させないために自分ができることって???

こうやって、考え続けることも、「自分にできることの一つ」かもしれません。
悩むことも、また然り。。

私は自分の気持ちに一本筋が通ってなくて・・・「3.11」に関する記事は書けずにいました。
でも、こうやって、立派な気持ちをお持ちのママさん達が多いことを、サンキュ!ブログで知ることができ、ますます皆さんに尊敬の念を抱いています。
私も、何か、し続けたいです。
by HAPPY×2 2016/03/12