2018/09/18 13:58
今日の記事は

賛否両論あることを分かった上で書きます。


心に波風を立てたくない方はスルーでお願いします



少し前の話になりますが

仕事で服装の指摘を受けました。


ちなみにうちの会社は服装自由

まったく決まりはありません



そして、その指摘を受けたのは

自分の働く会社ではなく

上司でも同僚でも、お客さんでもありません。


その日、自分が着ていた服装は指摘を受ける程のものではないと

自分では思っていました。


彼女のいる施設にはよく顔を出しますが

彼女との関わりはほぼ皆無

数年前に一・二度。

彼女以外の人との関わりも

書類の受け渡し程度と軽いものです。

ごくたまに会議的なこともありますが、彼女はそこにはいない



そして、私が納得できなかった理由に

彼女が挙げた理由が

彼女自身にまったく関係ないことだったからです。



元々、服装や見た目を指摘されることが

本当に大嫌いで10代の頃から

不当な扱いを受けていると思っていた口なので

その手の指摘に過敏な面があることは認めます。




ですが、その数日後

自分の考えを少し考えさせる出来事が起こりました。



深夜0時前

自宅アパートのチャイムが数回鳴りました。

もちろん、そんな時間に訪問してくる人はいません

もし緊急な用事ならば、携帯へ連絡してくるはず



うちのアパートは少し変わった造りで

隣の部屋と間違えることはあり得ません。


玄関モニターがなく

一部がすりガラスで、こちらの姿が向こうに映る為

除き穴から確認することもしたくない。


階段を上り下りする足音

鳴らずチャイムの間隔から、酔っ払いとも思いませんでした。


結局、誰か分からずじまいですが

自分が女であること・男手がないことに恐怖を感じた瞬間です

カギ閉めたかな とか どう子供を守ろうとか





そして今日


なんとな〜く今日は、↑で書いた場所へ行く気がする・・・

と思ったのか

指摘要素0の服装を選んだ自分がいました。

(体力も気力も消耗中なので今はこれ以上のストレスは避けたい)


そして、実際そこへ行くことに。


素直じゃないんで、彼女の為に選んだ服〜みたいな気がして

あまりいい気分ではありませんでしたが。



まぁ、それはいいんですけど

そのあと、また事件が起こった。


そこ以外にも数か所、寄る用事があったので

あるお店に寄って探し物をしていました。


そしたら、中年のおじさん(客)が

セクハラまがいの言葉を私に。

もちろん初対面



セクハラって言葉はあまり好きじゃなくて

普段使う事もありませんし

顔がキツイからか、直接の被害にあったこともそうないかな。


が、今回のはそう感じた。


店内に人は多かったし

聞きようによっては褒めてくれた(孫を褒める感じ)?

ように思えるが

顔の表情とその後の感じが怪しい(個人的に)


で、

私は思ったわけです。



今日の私の服装は

本当になんの面白みもない恰好。


・Gパン(くるぶしまで)

・紺のTシャツ(胸元もかなり詰まってる)

・ブルーのスニーカー



こんな至って普通の格好をして

日中、ひと気の多い店内にいても

そういう目で見る人・声を掛けてくる人はいる!

のだと。


それが子連れで(一緒にいる)も関係ないし

自分だけの問題でもないと

思い出した。



どうして必要以上に自分の身体を隠さなくてはいけないのか

(バストがあるのは女性だから自然なことでしょ)

察していただけると思いますがもちろん必要以上の露出はしません

でも実際、不快に思う人、勘違いする人がいるのも事実



でも今回のように

こちらになんの落ち度もない服装でも

見る人によっては

どうとも取れるのです。



今日の出来事で

人の意見に合わせた服装を着ることの無意味さを再実感。


色んな方の意見があるのは理解しています



服装・見た目以外のことについても

すべての人の意見は聞けません。

選択して実際にチョイスするのは自分ですから



自分が好きなモノ・着心地のいいモノに

手が伸びるのは自然なことでしょ?



ただ、今回のことで

自分が女であること・色んな意見があることの

再認識する出来度となりました。




やっぱり心をキレイに保つことは難しい






ここまで読んでくださりありがとうございました*⋆
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2018/09/17 12:03

こんにちは



激動の3日連続 スクーリングが終わったー!!!

ものすごい達成感と筋肉痛と。


何故ならば、今回は

スポーツ科学の実習。。。


3日間、慣れない運動で筋肉痛を通り越し

2日目、3日目の朝は

筋肉痛というより硬直状態に近かった....

 
今朝は気が抜けたのか

全然起きれず。


朝ご飯を用意せねば・・・と

ベッドから這い出ました。

ホラーです 




初日、一通り体力診断をしたんだけど

昨日、プリントが返却され

筋力年齢75歳という判定・・・

ショックを超えて大笑いですよ。



いろんなゲームをしたり、運動指導の実技をしたり

(教員免許を取る人も中にはいるので)

グループワークも多く

3日間、朝から夕方まで 皆んな一緒だったので

とっても和気あいあいとして楽しかった♪


スポーツの効果でしょうか

普段のスクーリングとはまた違う

一体感? のようなモノが生まれた気がします。


選択する科目、スクーリング会場、日程で

常に同じメンバーということは

まず、ないけれど

どこかのスクーリングでまた会えるので楽しみわーい(嬉しい顔)





初日、体育館に入る前

目に留まった張り紙目


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『 ブスの25か条 』


宝塚歌劇団の舞台裏にあった張り紙だとか?

ご存知の方も多いかもしれませんが

私は初めて知りました。



 なんというタイトルか・・


と思ったんですけど

これは表面上(容姿)のことではありません。




私は、この言葉を見て

自分に思い直すことがあったので

3日間、毎朝この張り紙に書かれていることに

目を通しました。




最近の私は完全に心がおブスだった

と自覚したので。


納得できないこと、腑に落ちないこと

上手く行かないこと

心配なこと

失うものが多くて。



なんだか、そういう気持ちが自分の中で

悶々としていて。


だからと言って

自分に何ができるのか

(自分に出来ないこともありますし)

どうしたいのか分からずに。



変えられないものならば


気持ちを変える or 努力する

しかないのに

暗い気持ちを引きずっている自分がいて。



落ち込むことも

悩むことも

自然なことなので

それを無くそうとは思いません。



ただ、好きではない自分(感情)を

ずっと心に持って生きていくの

辛い  ・・・よね?




せめて、心だけでも

綺麗を目指したいものですかわいい




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ここまで読んでくださりありがとうございました*⋆
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2018/09/10 22:30
こんばんは


祖母の四十九日がありました。


教えられること に書いたように

認知症で長いこと寝たきりだったこともあり

祖母の死は

悲しいというよりも

やっと楽になれたのではないか

というような

安堵とは違うけれど

それに近い気持ちがあった気がします。





認知症を長く患った

祖母・祖父の死は

「人の一生」というものを考えさせる

示しを教えてもらったような気がします。



大切な人というのは

生きている間はもちろんのこと

亡くなっても

人の心に何かしらの影響を与えるものだと思っています。



法要と会食が終わってから

祖父母の家に寄ることになりました。



その数日前から

私の体調があまり良くなく

仏壇のある部屋でウトウト・・と

うたた寝をしていた私。



違う部屋からは子供達のはしゃぐ声


私のいた部屋は襖を隔てて

二部屋繋がっている。



そのうち、一部屋は祖父と祖母の寝室でもありました。

まだ私達が小さかった頃は

泊まりに来ると

この二つの部屋に布団を引き詰めてもらって

みんなで一緒に寝たな。


成長と共に

2階で眠るようになったんだけど



懐かしい、襖の柄

天井、壁

飾り棚

祖父は庭師だったこともあるのか

それは、それはセンスが抜群で。


服装も家にある家具も置物も

どれも素敵なものばかり。


祖母もとても几帳面な人で

母たちが子供の頃は服もすべて手作りだったとか。

踊り、詩吟、俳句

朝、お化粧をする祖母の香り

姿見の前で着物を確認する姿


泊まった次の日の朝は

1階からみんなの話声と

朝ごはんのいいにおい。


今、思い出すだけで

その時の雰囲気と匂いまで明確に覚えている。



部屋のどこを見回しても

祖父と祖母を感じさせるものばかり。



そして私の中では

元気な時のままの祖父と祖母で止まっている。



そんなことをぼんやり考えながら

寝転がっていたら

いつの間にか深い眠りに・・・



隣から入ってくるクーラーの風が寒くて

もぞもぞしている私に気付いた

隣の部屋にいた父が

襖を閉めてくれたのは、なんとなく記憶に。



その後、隣の部屋から

ぼそぼそ と

聞こえてくる父と母の声で、目が少し冷めた。


どうやら

今夜の夕飯の話をしているらしい



私達が住んでいる場所から祖父母の家は少し距離があり

高速で1時間〜1時間半?


私の体調を気遣っている様子も

聞こえてきました。


体調が悪いと言っても

歩けない程でもないし

朝も自分で運転して、ここまで来たわけで。


確かに、少し距離はあるけど

鉄の女呼ばわりされた経験持つ

30過ぎた母親である(笑)




でもこの感じ

なんか懐かしいな〜と思いながら

起きているのか、寝ているのか

自分でもよく分からない状態で聞いていました。



昔、親との関係性がギクシャクした時があって。

まだ私が10代の頃

親というより、父親かな


私はどうしようもならない感情を

非行・家出

その他あらゆる行為・行動で反発した 

のだと思います。



”思います” というのは

その当時は

親への反発の意味での行為とは思っていなかったから。


大人になった今は

あれは反発・裏返しも多少あったのかも?

なんて思ってる。



まぁ、それはどうでも良いのだけど

今はもう何ともありません。



いつからだったかな〜

もうずっと昔の事だから忘れてしまったけど。



私が成長して

色んなことを自分が経験して

(理解は難しいけれど)分かるようになった事は

大きいと思う。



でも、本当に一番重要なのは

私は、親に愛されてれいる

と言ったら大袈裟だけど

・心配してくれてる

・気にかけてくれていると

分かるようになったからだと思っていて。



10代を過ぎて

20代を過ぎて

30代に突入しても

そういうのが伝わってくる。


10代の頃は

私のご機嫌取りなんてしないで!

なんて思って時もあったけけど

そうじゃないんだよね〜



大人・親は完璧ではないと

分かったのは自分が親になってから。


自分に駄目な所が多いからかな^^;




反省の気持ちを

言葉には出来なくて

でも愛情で(私が見えないところで)

心配してくれている

それを知ることが、たまにあって。



それが積もって、積もって

私はきちんと愛されてる

大切に思ってもらえている

と思うようになれた気がする。


それに私の色んな行動を

両親共が批判することなくいてくれて

帰っていける場所を作っていてくれたからかな。



本人の口から聞くよりも

誰かを通してだったり

知るつもりなく 不意に、知った時の方が

素直に心に入ってきたり。



確かに、大人になって

時間が経つと許せること(許してもらえる)ことは

あると思う。



だからと言って

なんでも許されるわけではなく

修復不可能なことも世の中にはたくさんあります。



でも、長い年月を掛けて

修復されることもあることも

あるかも しれません。



いくつになっても子供は子供

親は親


自分では大人になったつもりでも

子供の頃と

変わらぬ部分もあるんだなと思った日でしたわーい(嬉しい顔)




ここまで読んでくださりありがとうございました**




















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