2018/07/26 23:28
この春に小学生になった息子が、人生初の通知表を持って帰ってきました〜(*^_^*)


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通知表「あゆみ」は ◎ 〇 △ の3段階評価なのですが

「1学期の『あゆみ』には◎はつけません」

と懇談会で言われました。

〇 と △ の2段階評価にして、差をなくすのが目的なのでしょうか・・・

聞いたばかりのときは、

(どうせ2段階なら、〇 と ◎ にすればみんな喜ぶのに・・・(゜o゜))

と思いましたが

そうすると2学期以降に△がついて、評価が落ちる子がでてしまうのでしょうね・・・

「初めはみんな低い評価で、2学期以降は◎がついて成績が上がる子もいる」

という方が、「残念な気持ちになる人数が減る」ということかもしれません。

息子が「あゆみ」のほかにもらってきたのは

「げんきにがっこうに きたでしょう」

という皆勤賞の黄色い賞状です。

4月の入学当初は

「がっこうに いきたくない」

と毎日言っていて、泣かれる日もあったし、本当に心配でした。

のびのびとした遊び中心の保育園から

何時間も席についていなくてはならない小学校へと環境が変わり

帰ってくると もう ぐったり・・・(+o+)

息子が通っていた保育園からは息子しか入学していないし

知り合いもいなくて不安な日々だったと思います。

それでもどうにか毎日通って、いただけた賞状

ずいぶん嬉しそうに、照れくさそうにしていました。

息子は夫と私の母校に通っているのですが

30年前と現在ではいくつか変わっていることがあります。

皆勤賞の賞状に

「ほりえ てるひとさん

と「さん付け」で名前が書かれているのですが

男の子でも「〜さん」って、先生に呼ばれるのです〜(゜o゜)

入学式の日に初めて聞いて、スゴイ違和感を覚えました\(゜ロ\)(/ロ゜)/

息子の小学校だけなのか、全国スタンダードなのかはわかりませんが

先生の影響からか男の子同士でも ときどき

「ちょっと てるひと さん!!」

と呼んだりしていて

口調が強いときですら「さん付け」なので不思議な感じ・・・(笑)

あとは、私のころは2年に1回だったクラス替えが毎年あったり

1学期間に1回程度だった席替えが毎月あったり

いろんな人と関わる機会が、昔より増えているようです。

夏休みが始まり 息子としては ほっと一息ついているようなので

夏の間にたくさん充電して

2学期もどうにか楽しく通えるといいな・・・


私が小学生のころの「あゆみ」で、今でも忘れられない思い出があります。

たしか小学3〜4年生のころ・・・

夏休みの終わりに

「家庭から学校への通信欄」

を親に書いてもらったときのことです。

「夏休み中の家庭での子どもの様子」
「学校に相談したいこと」
「気になっていること」
「子どもががんばっていること」

などを書く通信欄です。

始業式を翌日に控えた晩に「あゆみ」を持って、ほろ酔いで上機嫌の父のところへ向かいました。

「お 『あゆみ』か

どれ

なにを 書こうかな〜」

と太めのペンを手にした父。

通信欄に、おもむろに







と縦にかいて、それぞれぐるっと〇で囲みました。

そしてその横に

あ 明るく

ゆ ゆかいな

み みんなの仲間

と書いて

「うん!

できたぞ。

はい、どうぞ。

持って行っていいよ〜」

と父。

・・・・

・・・・(゜o゜)

・・・・え?

・・・・それだけ???\(◎o◎)/!

・・・・え?

これ、学校にもっていくの?

・・・

これ 先生に出さなきゃいけないの???

・・・

これ みんなに見られたら

なんて言われるだろ・・・

これしか書いてないなんて

先生に

「なんでふざけてるの」

って怒られるかもしれない・・・



ぐるぐる考えて

怒られる自分を想像し

悲しくなって

最終的に

号泣です 号泣、わたし・・・・(T_T)

泣き出した私に、母はびっくりはしたものの

父を止めるでも責めるでもなく

「あら〜 悲しかったの、まいちゃん」

という程度で話は終わり

父からは

「君って不思議だなぁ

そうか〜

いやなのか〜

ぼくが先生だったら、いいコメントだなって思うのにな〜」

と 父には私の気持ちはいまひとつ伝わらず・・・(@_@;)

枠いっぱいにでかでかと

あ 明るく

ゆ ゆかいな

み みんなの仲間

と書いてあるので、それ以外のコメントは追加するスペースは無く

仕方なく 

そのまま先生に提出しました。

怒られるのではないかとビクビクしていたけれど

父の「あゆみ作文」に対して先生はまったく触れることなく

次の学期の通知表も普通に渡されました。

それ以降は

「酔っ払ったお父さんに 通知表のコメントを書かせたらいけない」

と必ずお酒を飲む前に渡すように変えましたが

自分が大人になってみると

そのくらいで怒るような先生、いないかもしれないな、という気がします・・・(^^ゞ

むしろ今はあの時の父のように

「私が先生だったら いいコメントだって 思うかもしれない」

と感じています。

まぁ〜

でも 

私は小心者なので

息子の通知表では「あゆみ作文」は造らないで

至極まっとうな ありきたりの 「家庭からの連絡」を、この夏の終わりに書くことでしょう・・・

息子の「あゆみ」を見て突然頭に浮かんだ「あゆみの思い出話」でした(^^ゞ

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2018/05/02 15:01
前回の記事は二人目が産まれてからの、私のキャパオーバーについてだったのですが

二人目育児のなかでも、特にしんどかった2人同時寝かしつけについて本日は書きたいと思います。

IMG_20180502_140436_523.jpg

6歳の息子も、朝は

「あ〜いあい あ〜いあい

おさ〜る さ〜んだよ〜」

なんて娘の手を取って歌ってくれたり、離乳食を食べさせてくれたり、立派なお兄さんなんです。

でも夜になると疲れがたまってくるのか、お兄さんエネルギーを使い果たしてしまうようで

妹に対して、なかなかきびしい態度・・・(゜o゜)

前回のブログにも少し書いたのですが

「ひかりちゃん(妹)

おかあさん とったから きらい

あっち いって!」

なんて言って、ぐぐ〜っと押しのけようとするんですよ・・・(~_~;)

「いやいや

とってないよ。

てるひと(息子)がおじいさんになっても、

お母さんはずっと、てるひとのお母さんなんだよ。

てるひと大好きだよ。」

と話しても

疲れた脳には入っていかないようで、涙ぐみながら

「いや!

ひかりちゃん きらい!」

としか言わないのです・・・(+o+)



4月に息子が小学校にあがってからは、緊張と疲れのせいか20時前後に眠るようになりましたが

娘がNICU(新生児集中治療室)から退院したばかりのころは、23時を越えてしまうことが何度もありました・・・(~_~;)

夫がいる日はいいのですが、平日は仕事で帰りが遅いので、基本的に私一人で寝かしつけています。

こちらも早めに寝かそうと必死でやってはいるのですが、いろんなことが空回りしてうまくいかない・・・(*_*)

座って娘に授乳しながら、息子に絵本を読んであげようとすると

「おかあさんも よこになって」

と言うので、娘を息子との間において、授乳しつつ絵本を読むことに。

すると

「ひかりちゃんは あいだに いれないで!」

と息子。

それならばと、授乳をやめて娘を反対側に置いて絵本を読みだすと

娘は大音量で おぎゃあ おぎゃあ と泣きだすし・・・(@_@;)

これでは絵本は読めないから

「私が座るか、ひかりちゃんを間に入れるかしか出来ないよ」

と話すと

「・・・・・ ひかりちゃん ・・・きらい!!!」

となるのです・・・。

絵本終了後も同じことが繰り返され

娘に授乳しつつ息子を寝かそうとすると

「ひかりちゃんを あいだに いれないで!

おかあさんとくっつきたいの」

と言うので、授乳をやめて娘をおくと、おぎゃあ おぎゃあの大音量。

背中側に息子がくっつくのも試しましたが、背中では寂しいようで、それも無理・・・

なんとか寝かしつけが上手くいって、娘がようやく眠ったときも

私の静止を聞かずに、息子がつんつんして起こすせいで

おぎゃあ おぎゃあの大音量が再び始まり 

結果的に息子が眠れなくなるという負の無限ループ・・・(T_T)

22時を過ぎても

わいのわいの 文句をいいつつ眠らない(眠れない) 息子の横で

娘はいつまでも泣き止まないし

もう カオス・・・・!\(◎o◎)/!



最終的に、娘を私のお腹の上にのせて、窒息しないように頭を押さえながら授乳しつつ

反対の腕で息子に腕枕をするという体勢に落ち着きました。

IMG_20180502_140222_692.jpg

左手は娘の頭を支え、右手は息子に腕枕です。

この体勢を見つけてからは、なんとか二人同時に寝かしつけています。

それでも

「ひかりちゃんじゃなくて

ぼくが おなかにのりたいのに」

と不満な様子の息子。

いやー

もう

これ以上はいいアイディア思いつかないよ〜(゜o゜)

私は両腕を娘と息子にホールドされて挟まれる形なので、身動きが全くとれない状態です(^_^;)

こんな両腕を固められた姿勢で余裕も無いのに

眠れなくて訳の分からなくなっている息子に

こちょこちょっと くすぐられたりすると

本当にムキーっとなりますが・・・(-"-)

最近は息子もスッと眠ってくれるし、当分このままの寝かしつけになりそうです。

やきもちはまだまだ沢山あると思いますが

しっかり睡眠をとって

「お兄さんエネルギー」

を十分にチャージすると

ふたたび優しい兄に戻ってくれる息子・・・(^^ゞ

「かわいい妹」も「ライバル」も、両方本心なんだろうなぁと思います。

もう1年経ったら、また変化があるかな・・・(*^_^*)

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2018/03/16 10:21
久しぶりの更新になってしまいました。

実は、身内に不幸があり、しばらく落ち着かない生活を送っておりました。

ブログのことはずっと気になっていて

明日こそ書こう・・・

と思いながらも、なかなか気持ちを持ってこられず、2か月近く書くことができませんでした。

今回のことに触れずに、関係ない記事からブログを再スタートさせるというのが

私の性格上どうにもできないので

本日の記事は、身内のことについてです。

不幸に関わる記事が苦手な方もいらっしゃると思いますので、その場合は、本日の記事は読まずに閉じていただけたらと思います。





*****************





私は4人姉妹の末っ子です。

4人姉妹というのは「人数が多い」と珍しがられるのですが、「女だけ」というのも割と珍しがられます。

1番上の姉は看護師でアロマセラピスト

2番目の姉は調理師

3番目の姉は看護師

です。

今年の1月、関東に大雪が降ったころのことでした。

IMG_20180315_140024_472.jpg 

2番目の姉が亡くなったとの知らせを受けました。

2番目の姉は、昨年の7月頃から闘病のために実家暮らしをしていたのですが

ここ最近は容体が落ち着いていると、安心しかけたところでした。



2番目の姉は私より6歳年上で、42歳でした。

6歳も違うと子どものころはすごく大人に見えて、いろいろと姉の真似をしていたように思います。

私はB'zの大ファンなのですが、それも2番目の姉に影響を受けてのことです。

姉がおもしろいと言った芸人さんはおもしろく見えたり

姉がおいしいと言ったお菓子はおいしいと思ったり・・・

姉が楽しいと言いながら働いていた職場に、バイトとして入ったこともありました。

私が中学生になったころのことですが、今でもはっきり覚えている出来事があります。

私の言ったジョークに、2番目の姉が笑ってくれたのです。

それまでだって笑いながら話すことはたくさんあったし、なんてことない日常のひとコマなのですが

「こちらが笑わそうとして言った言葉」に笑ってくれたというのが驚きだったのです。

小学生までの間、子ども扱いしかされていなかった私が、初めて1人の人間として姉とおしゃべりをした瞬間だったからです。

「お姉ちゃんが、私のジョークで笑った!(゜o゜)」

とびっくりして、その後しばらくは姉を笑わせようと一生懸命になっていました(^^ゞ

なんでも私より先に体験して前を歩いている姉が、私と対等に話してくれるようになったのがとても嬉しかったのです。

そのくらい、私にとって2番目の姉ははっきり「お姉ちゃん」だったのだと思います。

大人になってからは、子どものころのような上下関係(?)というのはほとんどなくなって

一緒に陶芸をしたり、料理を作ってお酒を楽しんだり、姉の家に泊まりに行って一晩中語りあかしたり・・・

姉の家のカーテンの陰に隠れて、仕事から帰ってきた義兄(姉の旦那さん)を驚かしたりしたのも、懐かしい思い出です。

姉は調理師の資格を持ち、レストランや居酒屋さんなどで働いていたのですが

義兄とも職場のレストランで出会ったのでした。

義兄は

「調理の世界って今でも男社会だから、女性は実力が認められづらいし

レストランで働いている中で 嫌なことも多々あったと思うのだけれど

それでもめげないで熱心に学ぼうと一生懸命な姿が、素直にすごいと思った」

と姉のことを話していました。



姉の葬儀では、姉が大好きだった久保田利伸(くぼたとしのぶ)さんの曲を流したのですが、そのうちの1曲が頭から離れません。

Indigo Waltz (インディゴワルツ)という曲です。

今も悲しみ 消えないけど
時の流れ信じよう
君のため 生きたから
僕のために歌いたいから


という歌いだしの曲です。

男女の恋愛の別れの歌だと思うのですが

なんだか姉との別れの歌にも聞こえて

そして

「君 と 僕」 というのが 「姉 と 義兄」 のことに思えてしまい・・・。

一番上の姉が

「4人姉妹のうち1人を失って、身体や魂が四分の一削られたような気がする」

と言っていましたが、私も同じ思いです。

身体の中にあった4つの丸い魂のうち一つが消えてしまって

ぽっかり穴が開いてしまったような感覚です。

姉をとても大切にしていてくれた義兄にとっては、四分の一どころか、半身削られた思いではないかと思います。



本当に単なる偶然でしかないのですが

2番目の姉と生後5か月の娘の誕生日が全く同じなのです。

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姉が存命中に生まれたので、生まれ変わりであるわけは無いし

本当に本当に「日付が同じ」というだけなのですが

なにか不思議なものを感じずにはいられません。



姉の死からしばらくは、私も情緒不安定になってしまい

暗闇が怖くて、夜トイレに行けなくなってしまったり

廊下の電気を消せなくなってしまったり

誰もいない空間が怖くて、日中自宅にいられなかったりといった状態が続きました。

正確には生後5か月の娘が24時間傍らにいるので「誰もいない空間」では無いのですが

夫と6歳の息子が朝家を出た後は、一刻も早く外に出なくてはという思いで家を飛び出し、父のいる実家へ毎日通っていました。

何が怖いのかと言われたらうまく説明できないのですが、「何かが起きるような気がする」という漠然とした恐怖だと思います。

2か月近くたった今では、そんな思いも少しづつではありますが無くなって、落ち着いてきました。

やはり悲しみはそう簡単には消えるものではないのですが

上に書いた「時の流れ信じよう」という歌詞を、葬儀の後から何度も頭の中で繰り返しています。

姉自身や義兄の希望もあって

姉は、母の眠る、父が建てたお墓に入ることになりました。

今はただ

姉が向こうで、母と楽しく穏やかに過ごしていることを願うだけです。
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