2017/06/13 19:00
今週のイチオシ!は「落ち込んだ時の立ち直り方」なので、初めて大きな壁にぶち当たった高校生のときの話を。

中学生のころも人間関係やら部活動やら、それなりに小さな壁にぶち当たることはありました。

でも中学生のころはすでに「青年海外協力隊員になりたいという将来の夢」もはっきり持っていたし、目の前の高校受験に向けて自分なりに一生懸命取り組んでいた時期でした。

その後、無事高校に合格し、半年くらいたって新生活に慣れたころでした。

なぜだか日に日に学校へ通うのがつらくなっていったのです。

青年海外協力隊員になるには何らかの技術を身に着ける必要があり、当時は農業大学に進もうと心に決めていました。

将来の夢を持ち、目標達成に燃えていたはずなのに・・・・

はたと行き詰ってしまったのでした。

高校には自分の座席は用意されているし、友人もいて、みんな仲良くしてくれている。

目標達成のために出席すべき授業がそこにある。

それなのになぜだか、自分の席に座っていても落ち着かなくて

息苦しくて高校の授業に身が入らず、逃げ出したくてたまりませんでした。

教室が灰色の四角い箱に思えてきて、そこに閉じ込められている気分・・・

自分で選択して入学した場所なので、そんな風に感じるのがおかしいというのも分かっていました。

誰に押し込められているわけでもない、自分の意思でここにいるだけなのに。

それでも苦しくて苦しくて、授業中寝ているふりをしながら机に突っ伏して毎日泣いていました。

高校を辞めるかということも考え、求人情報誌も読み漁りましたが、載っている求人は「高卒以上」というものばかり。

高校も辞め仕事も見つからないのでは、いったいどうしたらいいのだろうと頭はぐるぐるしていました。

ツラい状態が数か月続いたある土曜日の昼、とうとうパンクしてしまいました。

自分の思いを誰にも話せず胸のうちに溜め込んでいたのですが、こらえきれず限界が来てしまったのです。

その日は土曜なのに珍しく授業があって高校にいて、高校の公衆電話から自宅に電話をかけました。

自分の気持ちを父に聞いてもらいたかったのです。

父は中学生のころから「生きること」や「人生について」の私の疑問に向き合ってくれて、そういった話をよくしていました。

たまたま電話をとったのが父だったので、しゃくりあげながら

「お父さん、もう

高校やめたい・・・」

とどうにか伝えました。

父はすぐ車で迎えに飛んできてくれて、自転車を積み込んで二人で河原に向かいました。

小学生のころから、家族で毎週末のようにキャンプに行っていた河原です。

川面を眺めながら、

ぽつり ぽつりと 

自分の気持ちを父に話し始めました。


自分で高校に入る選択をしたし、将来の夢も持っている。

友人もいるし、自分の居場所はある。

それでも教室にいると四角い箱に閉じ込められているような気持ちになって、息が出来なくなってくる。

頭が割れそうになって、逃げだしたくてたまらない。

誰に強制されているわけでもないのに、つらくてたまらない。

求人情報は「高卒以上」のものばかりだし、中退しても仕事も見つけられないかもしれない。

もう数か月ずっと悩んでいて、パンクしそうだ。


ティッシュの箱を抱えて泣きじゃくりながら、自分の気持ちを少しづつ吐き出しました。

私の話を聞いた父

「麻衣ちゃん、ぼく、高校を辞めてもいいと思うよ。」

と想像していなかった返事をしました。

自分で「辞めたい」とは言ったけれど、まさか「辞めてもいい」なんて父が言うとは思っていなかったのです。

「やっぱり君が大切だから、君自身が壊れてしまいそうなら、そんな思いをして高校に通い続ける必要はないと思うんだ。

今は休む時なのかもしれない。

高校だって、仕事だって、またいつかその気になったらどうにかなるもんだし。

君はきっと大丈夫だと思う。

何が大切なのかを考えると、分かると思うよ。

君が壊れそうなら、高校なんて辞めたっていい。」

この言葉を聞いて またまた 涙があふれてきました。

ティッシュ一箱を使い潰して、落ち着くまで数時間河原で過ごしてからようやく家路につきました。

「辞めてもいい」と言われたあとは不思議なもので

「いつ辞めてもいいなら、もう少しだけ続けてみようかな・・・」

という気持ちになっていきました。

もう少しだけ・・・

と思いながらまた通いだしたその後の高校生活は、「不真面目な生徒」そのものでした。

高校を辞めようかと悩んでいたときは「逃げる」ことが出来ず、無遅刻・無早退・無欠席の皆勤賞でした。

しかしその後は遅刻・早退・サボりを繰り返し、出席日数はギリギリ・・・。

授業数の三分の一以上休むと留年してしまうのはわかっていたので、それぞれの先生に

「私、今学期は何回休んでいますか?」

と聞きに回る始末(@_@;)

先生方の呆れ顔が忘れられない・・・(ーー;)

高校1年生の終わり頃に陶芸や英会話に出会ったので、そちらの方は熱心にやっていました。

高校をサボって陶芸教室に入り浸り、一日中器を作っていました。

私の母は子どもの学校のことには無頓着なところがあって、

「今日は記念日でお休みだよ〜」

「今日の学校は半日で終わりだよ〜」

というとあっさり信じてくれて、一緒に仲良く陶芸に行っていました(笑)

そんな母にも、高校3年生のときの先生からの電話でとうとう私のサボりがばれて、そこそこ怒られましたが・・・(^_^;)

もう少し、もう少しだけ通ってみよう・・・

というのが高3まで続き、なんだかんだで高校を卒業することに。

途中、私の将来の夢も青年海外協力隊員から陶芸の道へと変化し、美術大学へ進みました。

母がおおらかで、私の高校の授業予定を把握してなかったことが、救いになっていた部分もあります。

母に全て把握されていたら、逃げることが出来ず、私はきっと高校を卒業することはできなかったと思います。

高校時代にぶち当たったあの壁をどうにか乗り越えた(くぐりぬけた?)のは、家族の理解と逃げ道があったから。

父にあのとき言われた

「自分が壊れそうなら、辞めたっていい」

という言葉は、その後も何度か救いの手を差し伸べてくれました。

「逃げること」は悪いことのように言われることが多いけれど、やはり潰れてしまいそうなら逃げたっていいと思います。

何が本当に大切なのか、しっかり考えるように。

自分が壊れてしまいそうなら、いっそのこと辞めるか、逃げるか。

もし快方にむかったなら、その時は焦らずゆっくり歩きだせばいいと思います。

父と語った河原は、今は夫や息子とよく遊びに行っています。

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今も悩んだり落ち込んだりすることがありますが、自分を追い詰めないように。

全速力で突っ走れなくても、寄り道をしながらゆっくりゆっくりでも歩いていけば、少しは前に進めるでしょうか。

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2017/03/01 16:00
本日からトップブロガーにならせていただくことになりました、堀江麻衣と申します!(^^)!

ご依頼の連絡をいただいたときは、喜びと興奮で訳の分からない状態に…(^^ゞ

め めちゃくちゃ嬉しいです〜(ToT)

編集部のブログでもご紹介してくださいました。

http://39.benesse.ne.jp/blog/otameshi/archive/379

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はじめましての方も多いと思いますので、自己紹介を(*^_^*)

私は34才、夫35才、息子5才の3人家族で、結婚7年目です。

第2回やりくりママコンテストの特別賞をいただき、その関係で何度か雑誌サンキュ!に掲載していただきました☆

こちらは2016年8月号

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また、このやりくりママコンテスト受賞のご縁で、テレビ東京ソレダメ!の「ソレマル節約術」という特集にも出させていただきました。

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もともとは飲み会大好きの浪費家夫婦で、ほとんど貯蓄もできていなかったのですが、サンキュ!を読んで勉強しました(^^ゞ

やりくりについても、これからもっと書いていけたらと思っています。

夫と私は小学校、中学校の同級生で、両実家が徒歩7分の距離にあります。

我が家は築20年の中古住宅。

これがなんと夫が生まれた土地に建っている家なんです。

夫が15才まで住んでいた土地を更地にして義両親が売り、その後に建った家です。

売り出されていたのを、私がたまたまインターネットで見つけました。

築20年ですがまだまだ住めるので、自分たちで手を加えて、セルフリフォームをしながら暮らしています。

Before

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After

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セルフリフォームはゆ〜っくりではありますが、少しずつ進んでいます。

夫の趣味はバイクいじりで、私の趣味は陶芸です。

私は高校生のころ陶芸を始め、東京都の八王子にある多摩美術大学という美術大学で
4年間陶芸を専攻していました。

入試のころ描いた絵

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陶芸の窯詰めの様子

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「つくること」が好きなので、自作の陶器や


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手書きのアナログ年賀状や

 

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自家製ソーセージ

 

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手作りパンなどを

 

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ブログにアップさせていただいています。

 

あとはこういう、恐ろしく出来の悪い

 

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蒸しパンなんかも載せています…(ノД`)

 

いや〜、これはひどかった…(>_<)ゞ

 

仕事は学習塾で小5〜中3に英語と国語を教えています。

 

学生時代のアルバイトも含めたら、13年間学習塾で教えていることになります。

26才のときに4ヶ月間、3番目の姉と一緒にオーストラリアでワーキングホリデーをしてきました。

英語を自由に使えるようになりたい、という高校生の頃からの目標もあります。

今日から同じくトップブロガーになられた方々は他に3名いまして

Nagomyさんは

オーストラリアに4年間も留学経験があるとのこと。

きっとペラペラなんだろうな(*^^*)

愉快なブログで、いつも笑わせていただいています!(^^)!

ひなたままさんは

やりくりのことや気持ちが丁寧に綴られていて、読むと温かい気持ちになるし、やりくりの勉強になります(*^▽^*)

tokotokoさん

サンキュ!本誌でもお見かけして、素敵な暮らしだなぁ、と思っていました。

ステキな方々と一緒にトップブロガーにさせていただき、本当に本当に嬉しいです(o^^o)

ドキドキ緊張していますが、一生懸命書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

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2017/02/03 21:00
今週のイチオシ!は、「子どもの学習 うちの場合」。

「学習」と言っていいのかどうかはわからないのですが、本日の記事は私の大学受験の体験談です。

私の中学生のころの夢は、「青年海外協力隊員になり、海外へ行くこと」でした。

そのためには大学を出て、技術を身につけなければなりません。

青年海外協力隊の募集を見て、自分にも出来る可能性がありそうなのは農業だけだと考え、農業大学を目指すことにしました。

高校3年生の春ころには農業大学もいくつか回り、模試でも志望校は全て農業大学を記入していました。

ところが

ある夏の日のこと。

母方の祖母の家に遊びに行ったとき

「麻衣ちゃん、そこのプランターの土を、あっちのプランターに移動してくれる?」

と祖母に頼まれたのです。

その時の私

(え・・・ 

いやだなぁ・・・

虫とか出てきそうだし…

土、触りたくないなぁ・・・)

と思いながら、高齢の祖母の頼みなので頑張って土の移動を始めたのでした。

虫が出てきやしないか、おそるおそる 土の移動を始めたそのとき・・・

はっ\(◎o◎)/!

っと 気が付いたのです!

あれ

わたし

もしかしたら・・・

全然

農業好きじゃない…?

こんなにも

土を触りたくないってことは

ほんとうは

農業 

全然

好きじゃないのでは…?

という衝撃の事実に(@_@;)

そこで、そもそもなぜ農業大学を志望していたのか振り返ってみました。

考えてみると、青年海外協力隊員になるため、消去法で残ったのが農業だっただけでした。

もっともっと掘り下げて、青年海外協力隊員になりたかった理由も思い起こしてみました。

それは小学生くらいのころにみたテレビの影響で、お金をもらいながら、普通ではいけないような海外の僻地にいけるって、いいなぁ・・・という安易な考えでした。

実際に青年海外協力隊員として海外に派遣されている方たちのように、私自身にものすごい情熱があったわけではないのでした。

あれ

それでは



農業も青年海外協力隊も、本当にやりたいことではないのでは?

青年海外協力隊にこだわらなくても、海外に行ける方法はほかにもあるし・・・

そう気がついて、高校3年の夏に、また進路を一から考えることにしました。

自分がやりたいことっていったいなんだろう

と考えると、高校1年生で始めた「陶芸」だけは、本当に自分の好きなことだと言い切れる、と思ったのです。

そうだ

陶芸をやろう。

ということで、陶芸を学ぶ方法を探し初めました。

陶芸を学ぶためには方法はいくつかあります。

1美術大学

2窯業(ようぎょう)専門学校

3弟子入り

4独学

独学は自信がなく、弟子入りは通常師匠のやり方をそのまま覚えるので、できれば避けたい。

美術大学か、窯業専門学校に絞られました。

我が家から通える範囲には美術大学しかなく、窯業専門学校に通うなら一人暮らしになります。

美術大学の学費の方が高いけれど、一人暮らしの仕送りを考えると、かかる費用は同じくらいになるということが分かったので、家から通える美術大学を目指すことにしました。

私は美大受験って何をどうすればいいのか分からないので、美術予備校へ通いたかったのだけれど

「まずは自分でがんばりなさい。

やってダメなら、来年予備校代を自分で稼いでから行きなさい」

と母。

まずは自分で絵の練習をすることにしました。

知人に紹介された美術大学卒の方に、

「とにかく、実際に絵をかいてみるといい」

とアドバイスを受け、高3の2学期あたりからひたすら絵を描きました。

第一志望の多摩美術大学の実技試験は、水彩の人物画5時間、粘土の立体造形3時間、あとは筆記です。

人物画を描こうにも、描く人物がいない・・・・(@_@;)

家族もモデルをやってくれないし、せめて寝ている姿を描こうと思ってもしょっちゅう寝返りをうつし・・・(T_T)

ひたすら、鏡を見て自分の姿を描いていました。

後から聞いたことですが、鏡を見ながら描くのは難しいらしく、一番デッサン力がつく方法とも言われているそうです。

家族が協力してくれなかったおかげで、デッサン力向上への近道をたどれたようです・・・(笑)

2回だけ、推薦で早く大学受験が終わった友人にお願いしてモデル(着衣)になってもらいました。

入試前に自分以外を描いたのは、その2回だけでした。

他には美術室に通って、石膏像の鉛筆デッサンをしました。

デッサンをしていると、美術の先生もアドバイスをくれたりしました。

入試のころ描いた鉛筆デッサンです。

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実技試験当日、初めて本物のモデルさんを描きました。

5時間の実技試験ですが、20分モデルさんがポーズをとって10分休憩、また20分ポーズをとって10分休憩・・・という感じで進んでいきます。

モデルさんの休憩のときに、普通は背景や、モデルさんが座っている椅子などを描いたりするのですが

なにせ初めてのモデルのデッサン。

モデルさんが休憩するたびに

「私も今のうちに、トイレに行っておこう〜」

と 行きたくもないトイレに2回もいきました。

ですが

さすがに 

途中で周りの様子に気が付き 

後半はモデルさんの休憩時間も必死で背景を描き進めました。

ひゅ〜

なんとか間に合った〜〜〜

そんなこんなでどうにか描き上げました。

それにしても、受験当日、周りの方の持っている画材道具に驚かされました。

駅から会場に向かう受験生は、大量の絵の具や筆をケースに入れ、ガラガラ引いて移動しているのです。

私はというと、持っているのは高校で全員が買わされる12色くらいの絵の具セットに筆3本、バケツとパレット各1個。

普通のカバンに余裕で入る量でした。 

周りの様子にビビって泣きそうになりながら

(絵は道具じゃない・・・

絵は道具じゃない・・・)

と自分自身に必死に言い聞かせていました。

それでも

会場で、チビた絵の具をパレットに絞り出すのがちょっと恥ずかしかったです(笑)

その後、粘土の方の実技試験と筆記、論文と受け、多摩美術大学の入学試験は終了しました。

モデルの方の休憩時間も無駄にトイレに通っていたし

周りの人の絵や、立体作品が素晴らしかったため

もう全然

受かる自信はなかった・・・

おそらくダメだろう・・・(ノД`)

と思いながら合格発表を見に行くと

自分の番号が・・・・

あるではないですか・・・!(゚ロ゚)

ううううう

うかったのか・・・?

ううう

受かったんだ〜!

と大喜びして

よし!

次は東京芸術大学の入試だ!

がんばるぞ!

と張り切り勇んで、またデッサンの練習をするために高校へ向かいました。

原付にのって・・・・。

いや

私の高校は原付での登校は禁止だったのですが

自由登校期間だっため、大丈夫かもしれないと乗って出かけたわけです。

さすがに校門の中に入れたらまずいかな〜

と、校門の横にバイクをとめました。

そこへたまたまやってきた、美術の先生。

「ダメだよ、吉沢…(旧姓)」

といわれたので

「あ
 
すみません」

といい、ヘルメットを脱いでから美術室に向かいました。

そこで再び出会った、その美術の先生。

「さっきはすみませんでした」

と私がいうと

「すみませんでしたじゃないよ、吉沢。

もう

入ってきちゃったんだから 

指導室だ!」

と先生・・・・\(◎o◎)/!

ええええ?

し 指導室って・・・!

どうやら、その先生は初め、見逃してくれようとしていたようなのです。

ちゃんと私に「だめだよ」と伝えたのに

私がのこのこ入ってきてしまったものだから、立場上無視するわけにいかなくなってしまったという・・・(^_^;)

職員室にいくと先生方が窓辺に集まって、校門の横の私のバイクを覗きながらワイワイしていました。

みんな口々に

「どうしてあそこに停めたかね〜」

「あそこに停めるかね、普通〜」

なんて言いながら。

その後親が2回呼び出しになり、自由登校期間中だったため、5日間の学校謹慎・・・・(+o+)

学校の先生は、私の親にも

「普通はバイクに乗ってきたとしても、一本裏の道とかに停めるんですけどねぇ…

なんせ校門の横だったので、こちらとしても見逃すわけにもいかなくて・・・」

と話していました。

そうこうしているうちに

とっても重大な

「あること」を忘れてしまったのでした・・・

そのあることとは

本日のタイトルにある

「大学の入学手続き」です・・・・\(゜ロ\)(/ロ゜)/

もう

なんていうか

自分のダメさ加減に 

・・・・・やりきれない感情でいっぱいでした・・・(ノД`)

幸い入学金と1年分の学費を納入したあとだったので

どうにか頼み込んで入学手続きを遅れてさせてもらい、何とか入学することはできました。

きっと学費の方を忘れていたら、入学させてもらえなかっただろうと家族で話しました。

本当に良かった、入ることができてσ(^_^;

ところで「東京芸術大学」のほうは、あっさり不合格・・・(^^ゞ

1次実技試験のデッサンでサクッと・・・(・o・)

さすが日本の美大の最高峰です。

う〜ん、実力不足。

しかたない。

でも、多摩美術大学で沢山のことを学べて、充実した大学生活を送ることができました。

以上、私の美大受験体験記でした。

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