2019/09/26 11:00


私の40年間に大きな影響を与えている人。


『母親の再婚相手』…私が小3の時に出来た現在の父のことです。


元々の父は私が5歳の誕生日に離婚してから(←結構ヒドイ話!笑)
小1の時に一度会ったきりなので、今の父がもう、ほぼ【父】です。


↓↓父はこんな人で、私とはこんな間柄です(^^)(読んで下さるとありがたいです)
https://39.benesse.ne.jp/blog/daily/archive/1729


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私が23歳くらいの頃かな……。
母の暴言にいつもストレスを抱えていた私は父に聞きました。


『あんな奥さんで、嫌になる事ないの?』


その時に父はこう言いました。


『それがね、お母さんの前に付き合っていた人も子供が2人いる母子家庭の人だったんだよ。
昔から何故そういう人に惹かれるのかと考えてみたんだけど、きっと前世でお父さんは奥さんと子供達を置いて好き勝手やってたんじゃないかなと思うんだよね。
お母さんはその恨みを今世で吐いているのかもしれない。と思うようにしている。
まあ、前の人(←過去付き合っていた人)に比べれば自分には出来ないしっかりした所もあるし、お母さんの嫌な所は自分の得意分野だから、2人合わせれば丁度良いのかなと思ってるよ。
まあ、正直腹は立つけどね!』


……と言ってガハハと笑いました。


私は驚いて口を開けたまま何も言い返せませんでした。


父は、本当に前向きです。
(子供の頃は気付かなかったけど!)


以前人間関係で悩んでいた時も


『前読んだ本に、嫌な人は必ずいる。
そんな時は【この人は砥石。砥石になって自分を綺麗に研ぎ澄ませてくれているんだ】と思って感謝すれば良い。って書いてあったぞ』


なんて言って笑ってました。


えーーーーー!?無理だしーーー!!Σ(゚д゚lll)
と思った記憶があります。笑


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20歳まで寝ても覚めても鬼のように厳しかった父。
その信念を貫いて、それ以降は1人の人間として私達姉弟と付き合ってくれています。


父の考えは尊すぎて(それともちょっと変わってるのかな?笑)
私には中々とどかないのですが


こうやって節目節目で私を導いてくれる父に感謝しながら、私も前向きに明るく生きていきたい!と思います╰(*´︶`*)╯♡


***御訪問・お読みいただきありがとうございました***


***サンキュpt、いつもありがとうございます(*^^*)凄く嬉しいです***


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2019/09/19 11:00

前回の記事で書いた私の暗〜い少女時代。笑


何とか乗り越えられたのは幼馴染で親友だった女の子がそばに居てくれたから。


私とは正反対に、裕福で仲良く素敵な家族の中で育った彼女は
(何故私と一緒に居てくれたのか、未だに謎…)


イジメグループに『いっちゃんに〇〇しようよ!』
とイジメ案件を何度か持ちかけられても


『私いっちゃんのこと好きだからいいや』
とサラッと断ってくれた優しい女の子でした。


そんな大好きな女の子は20歳の時、脳腫瘍でこの世を去りました。


辛くて、寂しくて、悔しくて、何日も泣いてしばらくまともに仕事が出来なかった。
本当に悲しかったなあ……。


それから10年経って長女を妊娠した時、私悪阻が酷すぎて。
吐いて吐いて、吐くものがなくて喉が切れて血を吐いて、8キロ痩せて…。


赤ちゃんは守りたいけど、とにかく苦痛で限界だったある夜、夢に彼女が出てきたのです!


何だか長い、金色のキラッキラした龍?のような物に乗って私の前に現れて、
『いっちゃん、お腹の赤ちゃんは女の子だよ。大丈夫だからね』


と。そう言われて、私は驚いてそこで目が覚めました。


その次の日から少しずつ悪阻が軽くなり、次の検診で『女の子だね』と言われ、
もう!本当に驚きの驚き!!Σ('◉⌓◉’)でした。


『2度と会えない愛する人』……なのですが。
もしかしたら、何処からか見守ってくれているのかな……なんて、あれからずっと思っている私です。


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寝室に置いてある、私の宝物。


亡くなる前に彼女が最後に行った家族旅行でのお土産。
自分にはドナルドを。私にはミッキーをお揃いで買ってきてくれました。


彼女が最初に入院した時に、『毎日御見舞に行けないから、これ私の代わり!』
と私がプレゼントしたビッグサイズのミッフィーと、ドナルドをお棺の中に入れて彼女は逝きました。


『入院中もね…ずっと離さなかったのよ。一緒にいるんだって言ってね。』
とミッフィーをお棺に入れた後、彼女のお母さんが声をかけてくれた時は涙が止まらなかったな……。


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『いつかママにもそんな日が来たら、この子は絶対一緒に入れてね』
と、気が早いけど娘達にも伝えてあります。笑


生きている事は素敵な事。
当たり前のようで、当たり前ではない奇跡的な事。


今悩んだり、迷っている方が読んで下さっていたら、どうか楽しい方に。幸せな方に考えて、進んで欲しいです。


どうか皆さんの毎日が楽しく・素敵でありますように。


***御訪問・お読みいただきありがとうございました***


いつか書きたいな、と思っていたお話です。
最後の月なので書かせていただきました。


長くなってしまってごめんなさい。
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございました(*^^*)


***中島 愛***


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2019/09/16 13:51

9月のブログ…何を書こうかな、といつもより考えてしまいました。


私は今40歳。
『子供の頃思っていた40歳』よりも、40歳って幸せなんだなあと思う今日この頃です。


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そんな私の【今まで】を少しずつ、9月は書いてみようと思います。(*^^*)


*******************


ご存知の方もいらっしゃると思うのですが
私の少女時代は楽な人生ではありませんでした。


不仲だった両親が5歳で離婚、小3で母の再婚。
産まれた弟はダウン症で重い心臓病でした。


家庭では母にずっと奴隷扱いされ、怒鳴られ、手を挙げられる日々。


学校でイジメにあった期間もありました。
親になんか頼れるはずもなく、大人に頼る事も知らず、ただ耐える日々。


自分では抱えきれない毎日に笑う事などほとんどなく
死ぬのが怖くなかった少女時代。


そんな私が28歳で結婚。
29歳で妊娠・出産。


ここからの毎日で私はやっと【苦労をしたのは何のため】だったかがわかりました。


3人の子供達の育児の中には昔の辛い経験が役に立つ事ばかり!


不仲の両親が怒鳴りあう中、赤ちゃんだった弟にしがみついて怯えていた幼い記憶は、『あんな思いを子供達にさせたくない』と、今の旦那さんとのやり取りに役に立っています。
(すっごくムカついてもちょっと面白く軽くして伝えるとか、とりあえずスルーして次の日考えてから伝えるとか…)


強要されていた家事や弟の面倒を見る事は、早くからしていた事で自分の子供の育児を凄く楽にしてくれました。


純粋な弟との関わりは学ぶ事ばかりで、優しさや、苦手な事をフォローする術を子供達に伝える事を教えて貰えた。


辛かった学校での記憶は子供達の気持ちを理解する事に繋がってるし、こうしてみるのはどう?と提案も出来るようになった。


そしてあの最高に嫌だった怒鳴りや暴力は、子供達への伝え方、愛情表現に極・反面教師として役立てています!!笑


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あの少女時代、本当に辛かったけど今なら思えます。


『苦労したのは何のため?』
それは子供に教えられるから。


『嫌な事は何のため?』
それは人の痛みがわかるため。同じ思いをさせないため。
優しい言葉をかけられるようになるため。


生きていると嫌な事は色々あるけど、頑張って乗り越えて、生かす事が出来たら幸せの近道になる!と思います(*^^*)


子供の頃の私からは想像も出来ない、40歳の私の忙しくて幸せな毎日。


家族で食事中にしょうもない事にゲラゲラ笑える事。
そんな中に私を置いてもらえる事。


感謝しながら日々大切に過ごしていきたいです╰(*´︶`*)╯♡


***御訪問・お読みいただきありがとうございました***

***サンキュpt、いつもありがとうございます。凄く嬉しいです***


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