2017/02/25 07:30
そろそろひな祭りの季節です。

我が家でも、先日雛人形を出しました。

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そこで今日は、知らなくてもいいけれど知っているとちょっと嬉しい雛人形関連の雑学を。

まずはお雛様の衣装について。

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赤くて少し袖の短い衣装は唐衣(からぎぬ)、後ろにつけているひらひらしたものは裳(も)と言います。


我が家の雛人形は木目込みのため分かりづらいので、実家にある衣装着人形の画像ものせておきます。

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ところで、昔のお姫様っていつもこんな格好をしていたのでしょうか。

答えは、「違います」。

十二単は、改まった場やご主人様の前にいる時に着る正装。

大臣家などの貴族の邸では、姫君に仕える女房や乳母が十二単を着ていました。

姫君の方はというと、裳や唐衣をつけない「袿姿(うちきすがた)」という比較的楽そうな格好をしていたのです。

だからこそ、物語の垣間見シーンでは同年代の女房たちに囲まれていたとしても、「あれが右大臣の姫君だ」などと分かるわけです。

そして、十二単という俗称のせいで勘違いされやすいのですが、別に十二枚着るのが決まりとなっていたわけではありません。

実際には、重ねる枚数はまちまちで、(十数枚重ねたという記録もありますが)十枚足らずの枚数で過ごすことが多かったようです。

いつの時代も女性はおしゃれが好きなので配色を工夫したり多く重ねてみたりしたようですが、「華美になるから重ねるのは6、7枚以内にしなさい」みたいな通達が出た時代があったとか、以前何かの本で読みました。

それに着込み過ぎると重くて動けなくなる(基本的に衣装の重さは20キロを超えるらしい)ので困ります。

それでも袖口の配色に凝りたいがゆえに、袖口の部分に折り目をつけたり袖口の部分にだけ裏から別の布地を縫いつけたりする「レイヤード風」の衣装もよくあったそうです。

あと、京都の夏はすごく暑いので、夏場はもちろん薄着でした。

邸内では裏地のない薄布1枚だけなんてこともあり、肌の色や体のラインが透けて見えるセクシーな状態になっていました。

さて、マニアックですがもう1つ雑学を。

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お内裏様やお雛様が座っている台にあるこの縦縞。

お飾りの下に敷く緋毛氈(ひもうせん)という赤い布にも、よくこの模様があしらわれています。

多少の配色の違いはありますが、基本的にどの雛人形もこういうカラフルな縦縞模様が使われています(気になる方は「雛人形」で画像検索してみてください)。

衣装の模様は多種多様なのに、どうしてここだけ統一されているのでしょう。

ヒントを出します。

(画像削除しました。百人一首の絵札、上段は天智天皇、式子内親王、崇徳院、元良親王、持統天皇。下段は在原業平、小野小町、僧正遍照、紫式部、柿本人麻呂)

小倉百人一首の絵札ですが、ここにも縦縞模様の上に座っている人達がいますね。

でも、上段の人達だけが縦縞、下段の人達は地味な台の上に座っています。

両者の違い、作者名の部分をよく見れば分かるはずです。

そう、縦縞の上に座っているのは皇族で、そうでないのは臣下の人達や僧侶などなのです。

さっきから「台」と書いていますが、実はこれは畳。

平安時代は板敷の間に、持ち運び可能な小さな畳を敷いて休んでいました。

その畳の縁の模様は、身分によって違いがあったのです。

縦縞模様は「繧繝縁(うんげんべり)」といって、天皇、皇后、上皇、親王などが用いることができました(最初は天皇のみだったのが時代が下るによって拡大)。

式子内親王の場合は臣籍降下せず生涯独身を貫いたので、親王と同じ扱いになっているようです。

よって、繧繝縁に座っているのはお内裏様とお雛様のみ。

三人官女や五人囃子などのお付きの者達は、無地の台に(もしくは台のない状態で)座ったり立ったりしています。

ということで、長かったですが雛人形雑学話は終わりです。

大学時代に学んだ知識なのでうろ覚えの部分もあり、改めて調べ直したものの正確な情報ばかりではないことはご容赦くださいませ。

今日は大安。

子どもと一緒に雛人形を飾りながら、いろいろ教えてあげるのも楽しいのではないでしょうか。


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