2017/10/31 08:25

今回は古文関連の記事ですが、古文の勉強の仕方ではなく古典文学に出てくる発達障害の傾向がありそうな人物について書きます。

初めての試みですが、興味ある方のみお目通しくだされば嬉しく思います。

発達障害は現代の病で昔は存在しなかった、なんて説を時々聞くのですが果たしてそうなのでしょうか。

確かに「発達障害」という概念自体が生まれたのが20世紀のことだったそうなので、その意味では古い時代に発達障害はなかったことになります。

ただ偉人の伝記を読んでいると、モーツァルトやアインシュタインなど、明らかに常人とは違う特性を持ち「発達障害だったのではないか」と思われる例がいくつも出てきますよね。

私が今まで読んだ多くの古典文学作品の中にも、今思い返すと「これはもしや」と感じる人が何人かいます。

主に平安時代の文学を専攻していて読んでいるのはその時代のものが多いですし、奈良時代くらいの文献には人となりが詳しく分かるものが少ないです。

江戸時代の文学に関しては、もうほとんど分かりません…。

ということで時代に偏りがあるのですが、特にその傾向が強いなと感じた3人をご紹介したいと思います。


1.源方弘(みなもとのまさひろ)
『枕草子』に記載のある蔵人(くろうど)という宮廷の役人。

おっちょこちょいでいつも人に馬鹿にされていたらしいことが分かります。

宮中にある台所のような場所の食器棚に靴を入れてしまったり、灯台の下の敷物を靴下にくっつけたまま歩いてしまったり(当然灯台は倒れて大騒ぎになったらしい)。

蔵人頭(くろうどのとう)というリーダーがテーブルに着くまでは着席せず待つのが決まりなのに、そこから豆を盛ってあるのを取ってついたての後ろで食べた、など社会ルールに疎いところも。

それ以外にも、言葉が仰々しかったりちぐはぐだったりとおかしな話し方をすることが記されています。

使いに2人分の衣装を取りに行かせる時に「2人組で行け」と命令し、使いが「1人で取りに行きますよ」と答えると、「2人分の物を取りに行くのに1人でどうして行けるのか。1リットルのペットボトルに2リットル入るのか?」みたいなことを言ったとか。

原文を読んでみても、方弘の言葉は「これは一体どう解釈したらいいの?」と悩むような意味不明の聞き慣れない表現が並んでいるのです。

漢文などの研究職である文章博士という職業柄かもしれないのですが、どこか浮世離れした雰囲気を感じさせますね。

今でいうなら、広汎性発達障害のグレーゾーンあたりに入りそうな気がします。

2.盛親僧都(じょうしんそうず)
『徒然草』に記載のある、高僧です。

頭が良く、弁舌が巧みで体が大きくて顔つきも良く、能書家、博学で多くの人から尊敬されていたそうです。

ただし、世間のルールには全く従わない人であったことが記されています。

法会の際の食事では食べたい時にさっさと食べ、食べ終わって帰りたくなったら勝手に帰ってしまうという、空気を読まない行動ぶり。

食事の時間に無頓着で、夜中や夜明けなどでも食べたければ食べていたとのこと。

好物は里芋の親芋(一番最初にできる大きな芋)で、師匠から遺産として受け取った三百貫分の財産を全て処分して芋の代金にしたというエピソードもあります。

普通の人ならちょっとおかしいと言われるところですが、僧侶という身分のため世間の人からは「あれほどの大金を生きていくのに必要な食べ物のためだけに使うとは、欲がない素晴らしい人だ」というような評価を受けていたようです。

睡眠も不規則で、眠い時には昼でも寝て大事な用事があっても構わず、逆に幾夜も寝ずに詩歌を口ずさみながら歩き回っていたこともありました。

周囲の状況に従わない行動、偏食や睡眠障害など発達障害に多くみられる特徴を備えています。

弁舌巧みで頭が良かったことを考えると、典型的なアスペルガー症候群だったのではないかと考えられます。

3.福足君(ふくたりぎみ)
子どもの例も紹介しましょう。

『大鏡』に記載のある、藤原通兼(ふじわらのみちかね)の長男。

「本当にあきれたやんちゃっぷりで、悪ガキだった」くらいのことが書かれています。

『栄花物語』にも「いみじうさがなくて(とてもやんちゃで)」と記され、手に負えない子どもだったようです。

この子の祖父にあたる藤原兼家(ふじわらのかねいえ)の還暦お祝いパーティーに際し、舞を舞わせようとした時の話が書かれています。

すでに習わせている段階で嫌がって言うことを聞こうとせず大変だったらしいのですが、あれこれと機嫌を取り、挙句の果てには祈りまでして何とか覚えさせることができました。

しかしパーティー当日、舞台に上がり音楽が流れ始めた時点で「ふざけんなよ!僕は舞わない」と結い上げた髪(当時の男児は晴れの場では「みずら」という髪型にしました。ヤマトタケルの髪型です)を引きむしって衣装もビリビリに。

父親の通兼は真っ青、周囲は「やっぱりね」という顔。

その時さっと舞台に上がったのが、福足君の伯父にあたる藤原道隆(ふじわらのみちたか)でした。

道隆は福足君の手を取って一緒に舞い、その場を取り繕うことができ一件落着。

ただしその性格までは直ったわけではないようで、この翌年頭の腫瘍がもとで死去した際には「蛇をいじめたことによるたたり」と思われていたようです。

落ち着きのなさ、強い衝動性、普段とは異なる雰囲気を極端に嫌がる傾向があると思われ、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の要素が強いように感じられる子どもです。


いかがでしたでしょうか。

ここに書いたことは私の個人的見解で、通説ではありません。

「ふーん、そうなの?」くらいの気持ちで読んでくだされば充分です。

「発達障害」という概念がなかった時代、それらしい特徴を持った人々は周囲から好奇の目で見られていたらしいことが分かります。

その人の職業によって、尊敬されることもあれば馬鹿にされることもあり、子どもならばエネルギーのあり余ったきかんぼうと解釈されることもあったのでしょう。

今回挙げた例は随筆や歴史物語など事実に基づいて書かれた文学作品を参考にしていますので、ほぼ確実に実在したと思われる人物です。

フィクションである作り物語にも、発達障害かなと思える人はたくさん出てきます。

例えば『源氏物語』の末摘花(すえつむはな)などは、ワンパターンの行動、コミュニケーション下手、反応の鈍さなど独特の特徴を多く持ち、軽度の自閉症に近い感じがあります。

作者の完全なる創作とも考えられますが、誰かしらモデルがいたのではないかという推測も可能。

『源氏物語』には、この他にもかなり個性的な人物が数多く出てきますので、たまたまなのかもしれませんけどね。

このあたり、興味のある方がいらっしゃったらいつか書いてもいいなと思っています。

明日、11月1日は古典の日。

古典文学に親しむことを目的としているこの日に、図書館で現代語訳された作品を探してみるのも良いかもしれません。

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