2017/12/09 07:00
昨日の続きです。

「幸せを感じるために楽しいことは必要ない」といったことを書きましたが、誤解のないように言えば楽しいことを一切せず修行僧のように生きた方が良いというわけではありません。

楽しいことをあえて探してみることが必要な場合も、人生の中にはあります。

私の考えでは、それは生活にマンネリを感じている時。

「幸せ」を食べ物にたとえると、ほとんど味付けのない素材本来の味を生かした料理といったところになるでしょう。

楽しいことは、いわば人生のスパイス。

絶対になくてはならないものではないのですが、毎日同じ味ばかりで飽きたなあ、箸が進まないなあという時にはほんの少しでもあると非常に助かります。

スパイスには脳の働きに役立つものがあるらしいですが、楽しいことも同様に脳を活性化してボケ防止に一役買ってくれるかもしれませんね。

さて、本題に入りましょう。

「幸せを感じるにはどうすればいいか」、これが私の課題だと書きました。

偉そうなことを散々書いてしまった後で恐縮ですが、私は決して日々を穏やかに過ごしているわけではございません。

話を聞いてくれない子ども達にイライラしたり、休日は寝るのが仕事になっている夫にあきれたり、頻繁に来るママ友のお誘いを煩わしく感じたり…、いろいろと心乱される時はあります。

こういう時があるのは人間の性のようなものと割り切り、1日の中で1秒でも幸せを感じられたら良いと思うことにいたします。

幸せを感じるための時間を、意識して作る必要がありそうです。

本当に幸せを感じている人の顔を想像してみると、決して顔が崩れるほど大笑いはしていないような気がします。

どちらかというと、何も考えていないのではというくらいぼーっとした顔、もしくはわずかに口元に笑みをたたえたような顔なのではないかと。

身近にある当たり前のような「幸せ」を見失わないようにするには、目を見開いて静かに思いを巡らせる必要がありそうですもの。

とりあえずはそんな表情になるよう意識しながら、日々の些末な悩みなどから少し心を離して客観視するといいのかもしれません。

話が少し変わりますが、「コップ半分の水のたとえ」って皆様1度くらいは聞いたことありますかね。

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コップに半分水が入っている状態を見て、「もう半分しか水がない」と考えるか「まだ半分も水がある」と考えるかで思考の癖が分かるというもの。

前者は水がなくなっていることに注目しているからネガティブ、後者は残っている水に注目しているからポジティブ、などとよく言われます。

でも、私はこの2つの選択肢、しっくりこないのですよね。

もちろん2つの中から選べと言われれば「まだ半分も水がある」を選択しますが、自由回答できるのであれば私の答えはこうです。

「今ここにコップ半分の水がある」

間違ってはいませんよね、事実を客観的に言ったに過ぎません。

「もう」と言えば半分の水がなくなってしまった過去を悔やんでいるような言い方になってしまいますし、「まだ」と言えばこれから半分の水がなくなる事態を恐れる感情がひそんでいる気がいたします。

そういう主観的な語を抜いて、「今」という時間だけ置いてみる、すると何だか落ち着くのです。

いわゆる、ニュートラルなイメージ。

心穏やかに過ごすには、過去への後悔や未来への不安といった感情をいったんわきによけてみるといったことが必要なのかもしれません。

常にそれを意識するのは無理だけれども、1日のうち1回だけ、例えば寝る前だけでも意識してみるのが大事かなと思っています。

何かの絵本で読んだのですが、「眠れない時は、考え事を全部箱の中に入れてしまえばいい」というような言葉を目にしたことがあります。

心を空っぽにすれば眠れる、ということなのでしょうか。

でも人間は何も考えないでいようとすればするほど、かえって考えてしまう生き物なのではないかという気も。

だったら、余計な感情をわきに置く代わりに、この宇宙にあふれている無数の幸せに思いを馳せて感謝しながら過ごしたいもの。

今夜はゆっくり眠ることにいたします。

地球の公転の軌道や、ミトコンドリアの小さな息遣いを感じながら。



個人的な感情だけの記事に長々とお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました。
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コメント(2)
mihoyamanaさん、コメントありがとうございます。

無理にポジティブに考えることってつらいこともありますよね。普段ネガティブに考えがちな人がポジティブに考えようとすると、振り子と同じように「でもやっぱり」と引き戻されてしまう気がするんです。

だったら、事実をありのままに受け止めたほうがいい気がします。ただ、「コップに水半分」って本当の意味でのニュートラルじゃないかも、って今頃思い始めました。「コップの下半分が水、上半分が空気」の方がいいのかしらん。

女性って、感情が中心の生き物ですよね。だから、mihoyamanaさんは女らしい考え方をする人なのですよ。私は心理テストすると必ず「男脳」と判断される人です(-_-;)

私の方こそ、とりとめもない記事になってしまいました。分かっていると思っていても、分かるように書くというのは難しいと痛感。そんな私のブログに、いつもお付き合い下さり感謝です。
by danngo 2017/12/09
danngoさん

こんにちは。

コップの水は納得です。
もし「半分“も”あるって考えるといいでしょ?ねぇねぇ?」みたいにポジティブの押し売りされたら、ヤダもん。
それより「水、コップに約半分」と一旦素直に受け止められた方が、その後の対応を冷静に考えられそうです。

わたし、半分しかない!って泣き叫ぶタイプだけど。
(だからこそ、真逆の考えをしなさいと言われると、辛いのです)

上手く感想をまとめられずに申し訳ないのですが、大変興味深く拝読しました。

mihoyamana
by mihoyamana 2017/12/09