2018/03/12 12:03
3月11日という日がまたやって来て、震災後7年が経過しました。

今まであまり書かなかったのですが、今回は震災時の記憶を少し綴ってみようかと思います。

その日私は、運よく家にいました。

働いていた学校はちょうどテスト期間で、この日も出勤して成績のデータ入力などを行う予定だったのですが。

「木金と連続で出勤するのは大変だなあ。何とか木曜日に終わらせてしまおう」と日が暮れる時間まで粘って働き、何とか週末の自由時間をゲットしたのであります。

揺れが起きた時間には、ちょうど親からもらった安室奈美恵さんのライブDVDを鑑賞しておりました。

夫は興味のないものだから、平日の1人時間にこっそり堪能しようと思っていたのです。

テレビ画面で激しく踊る安室さんの体のように、足元がグラグラと動いた時にはパニックになりました。

「何だか、よくある地震とは違う」ということだけは分かり、テーブルの下にもぐり込んだりガスの元栓を閉めに行ったり、玄関のドアを開け放しに行ったりと、揺れている間中家の中を右往左往。

揺れが収まり冷静になって、テレビをニュースに切り替えてみたところ、震源地は東北ということが分かってさらにびっくり。

ここ神奈川でもこれだけ揺れているのに、震源地はずっと遠くだなんて…と、血の気が引く思いがいたしました。

その後さらにテレビで観た、恐ろしい津波の画像などは筆舌に尽くしようがありません。

ふと、「今日学校に行った生徒達は無事だろうか」という思いがよぎり、何度も学校のホームページを確認。

西東京の山の中にある学校だったので、都心から通う生徒達は帰れないのではないかと心配でした。

しばらくして緊急のお知らせとして、「部活などで学校に来ていた生徒は全員無事」「可能な限りスクールバスで帰宅させる」「どうしても帰れない生徒は学校に宿泊の予定」などという情報が。

実際に泊まることになったのは、数名の生徒と付き添いの教職員だけだったようです。

生徒のことで安心したのも束の間、「そう言えば、夫は帰って来るのだろうか」という疑問がわきました。

夫は当時東京ビッグサイト付近のオフィス(今は違います)で働いていて、埋め立て地の高層ビルという地震には弱い場所にいました。

家からは相当な距離があり、たとえ帰還命令が出ても容易には帰れません。

きっと会社の中で安全な場所を探して泊まるのだろう、と考えていたのですが。

帰って来ました。

正確に言えば、私の寝ている間にいつの間にか帰って来ていました。

深夜の2時だか3時だかになったらしいです。

その間ほとんど歩き通しだったそうですが、1区間だけ新幹線(電車より先に運行再開していた)に乗ったそうな。

いまだに夫は、その時いかに大変だったかを愚痴ることがあります。

テレホンカードを持っていたはずなのに、その時はなぜか1回も電話がなく。

公衆電話が見つからなかったのかもしれません。

さて、これにて一件落着、とはいきませんでした。

まず、ガスが使えない事件。

地震直後からガスが止まってしまい、待てど暮らせど復旧しなかった件です。

料理は電子レンジで何とかなりましたが、お風呂に入れなかったのには閉口しました。

結局は夫がガス会社に電話して、自分で復旧させるのだと知り3日後何とかお風呂に行くことができたのでした。

そして、スーパーから物が消えた事件。

土曜日に夫と一緒にスーパーに行くと、開店前なのに店を取り囲むほどの長蛇の列が。

お客はみな殺気立っており、開店するやいなや納豆やら牛乳やらを手あたり次第かごにほうりこんでいきます。

マイペースな私達は普通に野菜や魚を買ってレジに向かうと、そこにはカップラーメンや袋めんなどを大量に詰め込んだお客さん達。

かご2つに、あふれださんばかりに入れている人も何人かいました。

次の日の夕方、再び夫と買い物に行くと。

普段、ぎっちり商品が詰まっているインスタントラーメンのコーナーが完全に空っぽ。

米も乾麺もありません。

あきれ果てながら、このことを忘れないようにしようと写真を撮った記憶があります(インスタグラムにあげたので気になる方はご参照ください)。

ふと、聖書でたびたびイエス・キリストが口にする「いつも準備していなさい」という言葉は、こういう時のためのものだったのかと思ったのでした。

諸行無常の精神を、忘れないようにしたいものです(キリスト教と仏教ごちゃまぜですみません)。

結局、我が家は家にあるものとスーパーで購入した野菜などで普通に生活ができていました。

のちのニュースで知ったのですが、焦って保存系の食品を買い占めた人の中には、賞味期限までに使い切れなくて破棄するはめになった人もいたそうです。

自分の軸を持って、デマに流されないこと、これが非常時に一番大事なのかもしれません。

それなりに大変な思いもしましたが、この震災があって間もない頃、息子を授かりました。

「大変な時に何やってたんですか」と生徒達に言われたけれど、早く子どもが欲しかったから仕方ないのですそれは。

結婚後なかなか子どもを授からず、授かったと思ったらすぐ流産してしばらく落ち込んでいた私には「震災によって失われた命が、私のところに戻って来た」と嬉しく感じられました。

そのお礼の気持ちもあって、息子妊娠中に平泉へお参りに行ったのも良い思い出です。

こちらの旅行につきましては、機会があればいつか書きたいと思っています。

最後に1つご紹介。

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以前ドクターシーラボから出ていた、防災スキンケアセットです。

現在公式サイトでは販売されていないらしく、私もこちらはプレゼントでもらいました。

しかしながら、実際に被災した方の意見を参考に開発した商品ということで、どんなものを用意しておけば安心かが分かりますね。

洗顔に水が使えないことがあるのでふき取り用の化粧水やコットン、肌が乾燥しやすい避難所で肌荒れを防ぐための化粧水やオールインワンゲルは重宝しそうです。

綿棒やヘアグッズなども、忘れがちですが大事なものらしいですよ。

こちら、使用期限は今年の8月まで。

その前に正規商品で販売してくれることを心待ちにしつつ、自分でもそれなりの準備はしておきたいところです。



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