2019/09/07 07:44
「淑女に捧げる古典文学」シリーズ、おそらくこれが最後になります。

同シリーズ、前回の記事はこちらです。
https://39.benesse.ne.jp/blog/2259/archive/711


【貝合 〜継子いじめの話型に隠された平安貴族の蒐集癖〜】

子どもって、貝殻を拾うのが好きですよね。

我が娘は近所の公園の砂場の砂にたまに混じっている貝殻を嬉々として拾っております。

今回扱う『貝合』は、『堤中納言物語』という十編の物語を集めた物語集の中の一つである短編物語。

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この題名が示す「貝合(かいあわせ)」というのは、私達が知っている蛤の貝殻の内側に絵を描いたものをばらばらにして神経衰弱のように組み合わせる遊びではありません。

そちらの遊びは「貝覆(かいおおい)」と呼ばれていました。

「歌合」なんて言葉があることからも分かるように、「〜合」は「左右二組に分かれて出し物を披露し合って優劣を競う遊び」くらいの意味があります。

平安貴族はこの手の遊びが好きで、「絵合」「物語合」「香合」などさまざまなものがあり、『逢坂越えぬ権中納言』(同じく『堤中納言物語』所収の短編物語)には菖蒲の根の長さを競う「根合」の描写があります。

貝合は集めた貝を見せ合って、その珍しさや趣向を競う遊びだったよう。

現代にも切手やフィギュアなどのマニアックなコレクターがいますが、平安人の蒐集(収集)癖もなかなかのものだったのでは。

物語は、色好みの蔵人少将という貴公子が忍び歩きの最中に、小さな子ども達が何かの入れ物や手紙などを持って盛んに行き来する様子を見つけるところから始まります。

こっそり隠れて見ていたところを七、八歳(物語中では数え年なので現代の年齢に直して記載)の女の子が発見。

蔵人少将が詳しい話を聞き出そうとすると少女が「明日のことで忙しいの」と去りかけたので、蔵人の少将はすかさず「どうしたの。私を信じてくれるなら、きっと良いことがありますよ」と言います。

すると少女は去りかけていた気配もどこへやら、ぴたりと立ち止まって訳を話し始めました。

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「こちらにお住まいの姫君と今の北の方の姫君が貝合をすることになったのですが、向こうはあちこちからひどくたくさんお集めになったそうです。私のご主人様には弟が一人だけでどうしようもないので、姫君の姉のところに使いを出そうと思って」

少女の仕える姫君は邸の西の対に住んでいるらしく、東の対に住んでいる別の姫君と貝合をすることになったようです。

東の対の姫君(以下、東姫君)は西の対の姫君(以下、西姫君)とは母親が違い、東姫君の母は現在の正妻、西姫君の母は現在いないようです。

西姫君には同腹の弟と姉がいますが、姉の方は結婚したか何かで別の場所に住んでいることがうかがえます。

どうやら貝合の勝負の行方については、明らかに西姫君の敗色濃厚。

そこで蔵人の少将は西姫君側に協力することを条件に、西姫君の姿を垣間見させてほしいと頼み込みました。

少女は、邸の西の妻戸のあたりで屏風を畳んで寄せているところに、蔵人の少将を連れて行って隠します。

まず、仕えている人々は十三か十四くらいの少女一人を除けばほとんど七、八歳くらいの子どもばかり。

その中に見つけた西姫君の姿は十二歳ほど、この世のものとは思えないほど愛らしいのですが、頬杖をついて憂鬱そうな表情です。

近くに来た西姫君の弟らしき男の子は、九歳ほど。

「向こうはあちこちからひどくたくさん集めたようだ。母親からも頼んでいるらしい。私達にも母親がいればこんなことには」などと話しているよう。

西姫君は「かえってまずいことを言い出してしまったようね。まさかこれほど大事になるとは」と後悔している様子。

ここまできて、この物語には「継子いじめ」の要素があることが分かります。

『落窪物語』『住吉物語』などに代表される継子いじめの話は、継母が母親のいない継子を執拗にいじめることが特徴となっています。

今の北の方(正妻)は西姫君にとって継母、東姫君は義理の姉。

今北の方と東姫君の方は西姫君をこてんぱんに負かしてやろうと、躍起になってあちこちのつてを頼り、貝を集めている模様です。

折しも、先程の少女が「東姫君がこちらに来ます。貝を隠してください」と言い、皆が貝を物置に隠した頃、東姫君が登場しました。

季節感があまりなく、オレンジがかった黄色に青みがかった赤など、配色のセンスのない着ぶくれした恰好は、西姫君に比べてひどく見劣りします。

「あなたが『わざわざ集めることはしないでおきましょう』と油断させなさるので、全く探さずに終わってしまい残念ですわ。良いものがあったらお分けくださいな」などと平気でうそを言うあたり、ひねくれた性格が感じられます。

それに対して控え目に抗弁する西姫君の可愛らしさを見るにつけ、蔵人の少将は「何としてもこちらの姫君を勝たせてやりたい」と無性に思ったのでした。

東姫君が偵察を終えて帰った後、先程の少女が他の少女達も連れて「私の母がいつも読んでいらっしゃった観音経、私の姫君を負けさせないでください」とお祈りしにやってきました。

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西方浄土のある西側に向かって祈るので、ちょうど蔵人の少将に向かって祈ることになり、滑稽ではありながら緊張感のある場面です。

しかし子ども達は何も気付かず走り去っていくので、その背に語るようにして「貝がない、いや祈る甲斐がないなどとなぜ嘆くのでしょう。私はあなたに味方しますよ」と歌を詠みます。

すると耳ざとく聞きつけ、観音が出たのだと喜んで西姫君に報告する子ども達。

西姫君も、ぱっと顔を紅潮させて「本当なの。恐ろしいくらいに感じるわ」と素直に信じている様子です。

「天井から貝が降って来たら…」などと言っている無邪気な子ども達を面白く見ながらも、「何とかして勝たせたい」と思って蔵人少将は夕方こっそり抜け出しました。

帰るとすぐ州浜(すはま)と呼ばれる装飾台を用意、そこに貝を多く入れた小箱をはめ込み、台の上に多くの貝を敷き詰めて金銀でできた蛤なども置きます。

小さく書いた手紙を結び付け、翌日の早朝お供に持たせて門の前で待っていると例の少女が走ってきました。

「ほら、だましていませんよ」と少女に小箱を渡し、「今日の勝負を見せてください」と言うと、少女は「昨日の戸口、今日は人も来ないでしょう」と言って去りました。

州浜を縁側に置かせて蔵人の少将が隠れた後、子ども達が雨戸を開けてその先に置かれた州浜を発見。

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「こんなことしてくれる人はいないのに。分かった!昨日の仏がしてくれたのだ」と誰かが言うと、「情け深くていらっしゃること」と酔狂なほど喜ぶさまがとても面白く、蔵人の少将はじっと見つめていた、とあります。

物語は貝合の勝負を描くことなく、ここで終わるのです。

これは、先の展開を読者が自由に想像できる効果があると同時に、「この続きをちょっと書いてみるかな」と思う人が現れることを期待したのでしょう。

職業作家がいなかったこの時代、作者と読者の距離は今よりずっと近かったのです。

短編物語だからこそ、当時の物語の典型的なあり方が分かるのは面白い部分。

物語もまた貝のように、蒐集の対象になったり、組み合わせたり手を加えたりと、当時の貴族の遊技的な興味の対象となったのであります。

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2019/07/02 06:00
前回の続きです。

まだお読みでない方は、こちらをどうぞ。
https://39.benesse.ne.jp/blog/2259/archive/710


【とりかへばや物語 〜ジェンダーとセックスの狭間で揺れ動く男装の麗人〜 (後編)】

3.第三巻

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(略系図)

・女中納言、吉野に暇乞い
・女中納言、宰相中将に連れられ宇治に隠れ、女姿となる
・女中納言失踪により四の君密通の噂広まる
・右大臣、四の君を勘当し、宰相中将は宇治と四の君の元を行き来
・左大臣、嘆きのあまり倒れる
・男尚侍、男姿となり女中納言探索に旅立つ
・男尚侍、宇治で女中納言を垣間見るも消息せず
・男尚侍、吉野の宮を訪ね吉野にとどまる
・女中納言、男児を出産
・宰相中将、四の君の介護にかかりきりとなる
・女中納言、吉野に消息し男尚侍が返信する
・男尚侍と女中納言、宇治で再会
・左大臣に夢のお告げ
・四の君、女児を出産
・女中納言、息子を残し吉野へ
・男尚侍と女中納言、入れ替わりの準備
・男尚侍、吉野姉君と契る
・宰相中将、女中納言失踪を知る
・右大臣、四の君の勘当を解く
・男尚侍と女中納言帰京し男尚侍は今大将、女中納言は今尚侍に
・今大将、参内、四の君と契る
・宰相中将、帰京し今大将に会うが別人と気付かず


失踪を決意した女中納言は、吉野を訪れ吉野の宮と姉妹に別れを告げに行き、吉野の宮は女中納言を励まし唐から持ち帰った薬を渡します。

女中納言は周囲にそれとなく別れを告げた後、宰相中将とともに牛車に乗り宇治へ。

道中、幼い頃から親しんできた横笛(男性の楽器)をこれが最後と吹きたてる女中納言の胸中と、その音色に合わせて拍子を取りながら歌う宰相中将の気楽さが対照的です。

宇治に着いた女中納言が男装を解き女姿になった頃、京は女中納言の失踪に騒然としていました。

そして、「失踪の原因は四の君の密通」との噂が流れ、四の君の父親の右大臣は激怒し四の君を勘当します。

宰相中将は四の君の世話もする必要に迫られ、宇治と京都を慌ただしく行き来。

女中納言の父親の左大臣は心痛のあまり倒れ、男尚侍は父のため男姿に戻り女中納言を探すことを決意します。

男尚侍はひとまず手がかりのありそうな吉野を目指しますが、途中で立ち寄った宇治で偶然女中納言を目撃。

その姿が女中納言に似ていることに気付き、その美しさに心惹かれながらも、はっきりとしたことが分からないままその場を去ります。

男尚侍を目撃した女房達(目の前にいる女中納言の正体は知らない)が、戻って来た宰相中将に「失踪したと噂の女中納言を見た」と報告、不審に思った宰相中将が女中納言に問いただし、「もしかしたら私の魂が身を離れていたのでは」と返答。

女中納言は、男社会での生活への執着を捨てきれていないことをさりげなく告白しているのです。

男尚侍は吉野に到着、七月末に女中納言から消息があるはずだと聞き、それまで吉野に滞在して待つことに。

女中納言は宇治で男児を出産、安心した宰相中将が四の君の介護に専念するようになり、女中納言は宰相中将の留守中に逃亡計画を進めます。

吉野の宮宛に女中納言が手紙を書き、それを男尚侍も見ることに。

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(美しさには抗えませんでした。使者は居場所の情報を漏らします)

使者からの情報で宇治にいることが分かり、男尚侍は使者に手紙を渡し自分が吉野にいることを知らせます。

男尚侍は宇治を訪れ、女中納言と再会。

男尚侍は女中納言にこれまでの経緯を聞き、「自分は里下がりした状態でこっそり出てきたのでごく親しい人以外はこの事実を知らない。自分の代わりに邸に戻って暮らし、宰相中将と正式に結婚すればいい」と提案します。

しかし女中納言は宰相中将に愛想をつかしているため、「宰相中将に知られず身を隠したい。父上にも出産のことは言わないでほしい」と答え、男尚侍はそのまま京の左大臣邸に戻りました。

その頃左大臣の夢で、「天狗の祟りで子ども達が男女の性質を入れ替えたように育ったが、長年の祈祷のおかげでそれぞれが元に戻った」とのお告げが。

戻って来た男尚侍に会った左大臣は「きょうだいが入れ替わって暮らせばよい」と言いますが、男尚侍は「ずっと引きこもっていたから今更宮仕えなどは」と返答を保留。

女中納言は、「息子を連れて逃げることはできない、だからといってこの子のために人生を無駄にするわけにはいかない」と男装時代の名残から心強く考え、息子を置いたまま逃げることを決意します。

宰相中将が久しぶりにちらりと姿を見せに来て、女中納言はいつもよりつくろった姿で応対。

これは宰相中将に心配されることがないようにということもありますが、「最後だから自分の最も美しい姿を見せたい」という気持ちの表れかと思います。

髪は吉野の宮からもらった毛生え薬により身長より少し足りないくらいに伸び、悪阻で痩せた顔も元に戻って輝くように美しい女中納言に宰相中将は慰められますが、四の君危篤の知らせが来て慌てて京に舞い戻ります。

翌朝、四の君が出産したと聞き女中納言はこの隙に逃げることを決め、息子を乳母に託すと夜遅く迎えに来た男尚侍に連れられて吉野へ。

時期は、八月中旬の満月の頃。

『竹取物語』のかぐや姫の昇天シーンと、おのずから情景が重なります。

吉野到着後きょうだいはそれぞれ入れ替わりを決め、お互いにいろいろ教え合って準備を進めます。

その間、男尚侍は吉野姉君と契り、姉君は当惑するものの吉野の宮はこれを黙認。

宇治では戻って来た宰相中将が、女中納言が姿を消したことを知り嘆きますがどうしようもありません。

四の君は病状のひどさから父親に介護されるようになり、勘当も解かれます。

男尚侍と女中納言は帰京して居場所を入れ替え、男尚侍は今大将として、女中納言は今尚侍として過ごすことに。

参内した今大将が帝の前に出ると、帝は今大将のわずかな変化を成長と捉え喜びます。

今大将は四の君の元に通うようになり契りを結びますが、四の君は夫の突然の変貌を受け入れられず呆然とするだけ。

その後今大将は正体が露見しないよう夜だけ通い続けますが、四の君は以前の夫と違うことに気付き耐えかねて歌を詠みます。

見しままの ありしそれとも おぼえぬは わが身やあらぬ 人や変はれる

以前逢ったあなたとは思えないのは、私が変わったからなのかあなたが変わったからなのか、という内容の歌。

ひとつにも あらぬ心の 乱れてや ありしそれにも あらずとや思ふ

今大将は、あなたが宰相中将を思うがゆえの心乱れのせいだろうと、かつての女中納言と雰囲気を似せて応えます。

宰相中将は今大将が参内したことを人づてに聞き、今大将に会うため帰京しますが今大将は宰相中将を近付けないまま退出。

今大将が以前の女中納言と別人とは思いもよらない宰相中将は、恨みごとを綴った手紙を今大将に贈り、今大将は誤解させたままの方が秘密を守りやすいと判断し今尚侍に返事を書かせたのでした。


4.第四巻

・今尚侍参内し、女東宮懐妊の処置を相談
・今尚侍、女東宮と今大将を引き合わせる
・帝、今尚侍を垣間見
・女東宮、男児を出産
・女東宮、容体悪化し朱雀院に退出
・帝、今尚侍と契る
・今大将、吉野の姉妹を二条の新邸に迎える
・四の君、今尚侍懐妊
・宰相中将、今大将が男であることを知る
・今大将、宰相中将と吉野の中の君を結婚させる
・四の君、男児を出産し、続いて今尚侍も男児を出産
・宰相中将、宇治の若君を吉野の中の君に預ける
・女東宮が位を退き、今尚侍腹の若宮が東宮に
・今尚侍、中宮になる
・数年後、今尚侍は二宮、三宮、姫宮出産
・宇治の若君、童殿上し今尚侍と話す
・若君達元服、帝が退位し東宮即位


今尚侍は、女東宮のもとに参内しますが、この時女東宮は今大将との子(男尚侍時代にできた子)を身ごもっていました。

女東宮の出産をどう処置すべきか女房から相談された今尚侍は、男性として過ごした経験から合理的な対処法を思案し、女東宮の相手は今大将であると話します。

ある意味では真実、ある意味では嘘の今尚侍の話を聞いた女東宮は混乱し泣く他になく、今尚侍も一緒に泣きながら添い寝するしかない状態。

今尚侍は夜中にこっそり今大将と女東宮を対面させます。

今大将はこれまでの経緯を包み隠さず告白、女東宮は今大将が自分のことをさほど愛していなかったのではと気付き苦悩。

思い悩む女東宮の様子を病気と思った女房達が朱雀院や帝に報告し、病気見舞いに訪れた帝は今尚侍の姿を目撃して心乱れます。

帝は今大将を呼び出し今尚侍の元へ手引きを要求しますが、軽々しいことを嫌う今大将は即答せず帰宅して左大臣に相談。

表立って入内させてはどうかという今大将の言葉に、左大臣は「今まで固辞してきたことをひるがえしては具合が悪い、なりゆきに任せよう」と提案し、今大将も過去の宰相中将との関係も考えて納得します。

女東宮は男児をひそかに出産し、その子はこっそりと左大臣邸に引き取られますが、女東宮は容体悪化のため朱雀院に退出。

一人で宮中に残ることになった今尚侍の元に帝が近付き、契りを結びます。

帝は間近で見る今尚侍の美しさに惹かれる一方、今尚侍が処女でなかったことを不審に思い様々な憶測を巡らせながら歌を詠みかけます。

三瀬川 後の逢瀬は 知らねども 来ん世をかねて 契りつるかな

三瀬川というのは三途の川のことで、女性は最初に契った男性に背負われてそこを渡ると信じられていました。

帝は、最初の男でないから三途の川では会えないけれど、来世で会おうと約束しているのです。

行く末の 逢瀬も知らず この世にて 憂かりける身の 契りと思へば

今尚侍は、来世どころか今後の逢瀬も定かではないと応えるのみ。

この関係は今大将と左大臣も知ることとなり、帝は公然と今尚侍を寵愛するようになります。

今大将は吉野の姉妹を新邸に迎えました。

その少し前に四の君は今大将の子を懐妊、続いて今尚侍も帝の子を身ごもります。

宰相中将は今大将に相手にされない寂しさから四の君との仲を復活させようと思い立ち、手引きしてくれていた女房を呼び寄せ、そこで四の君懐妊の事実を知ります。

さらに宰相中将は、宮中で今大将が女性の元から朝帰りする現場に遭遇、今大将が男性であったことを確信して呆然とします。

今大将は宰相中将を吉野の中の君の婿にしようかと考えていたため、後日宰相中将を邸に呼び寄せ、中の君と引き合わせます。

宰相中将はかつての女中納言と会えることをわずかに期待していたものの、うまくはぐらかされてしまいました。

しかし中の君の魅力は女中納言に通う部分もあり、心慰められた宰相中将は宇治で生まれた息子を中の君に預けようと思うように。

四の君と今尚侍はうち続いて男児を出産、女東宮が退位して後は今尚侍が産んだ若宮が東宮となりました。

それに伴い、今尚侍は立后、今大将や宰相中将も出世していきます。

数年後、今尚侍は三人の男宮と一人の姫宮を産み、宇治の若君が童殿上して宮中に顔を出すように。

ようやく生き別れていた息子に会える機会を得た今尚侍は、若君を近く呼び寄せて「あなたのお母様を私は知っている。いつか会わせてあげるから」と語ります。

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(神妙にしながら考えを巡らせる宇治若君がいじらしいシーン。一部、装束の文様描き間違えましたがご容赦ください)

その光景を覗き見していた帝は、今尚侍の相手が宰相中将だったと合点し、「悪い男でなくて良かった」と安堵。

さらに数年が経過、帝は譲位し今尚侍腹の東宮が即位、四の君が最初に産んだ姫君が藤壺女御として参内するなど大団円に。

宰相中将はかつての女中納言を探し出せず、時折嘆いているさまが描出されて物語は終わります。


今尚侍となった女中納言は女性としての最高位といえる国母(天皇の母)となりますが、それは彼女自身が望んだ幸せとは違ったものでした。

男性に身をゆだねる生き方より、自分で道を切り開く生き方の方が彼女には合っていたようです。

たとえ息子がいても宰相中将から離れることを決意したのは、彼女らしい前向きな選択でした。

しかしながら、母親としての情愛が薄いわけではなくずっと宇治若君を気にかけていたことも分かります。

女として、社会人として、母として…それらの理想のあり方を両立することができなかった社会の構造が、彼女を苦しめることとなったのでしょう。

今大将の身勝手さに翻弄された女東宮のように、女性が被害者になることも多かったこの時代。

それでもできる限り自分らしく生きたいと願い続けたのが、世にも美しい男装の麗人、女中納言の真の姿だったといえるのではないでしょうか。

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2019/06/28 08:25
久しぶりに「淑女に捧げる古典文学」シリーズです。

2回目から、だいぶ間が空いてしまいました。
https://39.benesse.ne.jp/blog/2259/archive/571

今回は、少し複雑怪奇な文学作品を扱うため、前編後編に分けることにいたします。


【とりかへばや物語 〜ジェンダーとセックスの狭間で揺れ動く男装の麗人〜 (前編)】

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この物語は、容姿がそっくりな異母きょうだいが互いの性を逆にして生きるという一風変わった趣向の物語。

女性でありながら男性として生きる女中納言と、男性でありながら女性として生きる男尚侍を取り巻く人間関係が主題です。

全四巻にわたるので、一巻ずつ内容をまとめて紹介していきます。

1.第一巻
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(略系図)
・左大臣家に腹違いの男女の子が生まれるが、男子は羞恥心強く女子は活発だったため周囲が性別を取り違えて認識
・女中納言に宮中から参内の要請
・女中納言元服、男尚侍裳着
・女中納言参内し侍従となる。男尚侍に入内の要請
・宰相中将、男尚侍と四の君を恋慕おと
・帝譲位して朱雀院となり、その娘の女一宮が女東宮となる
・女中納言、四の君と結婚
・男尚侍、女東宮の世話役として出仕
・男尚侍、女東宮と契る
・宰相中将、四の君を垣間見し密通
・四の君懐妊
・女中納言、厭世観強め吉野に赴き吉野の宮と対面
・女中納言、吉野の姉妹の部屋で一夜を過ごす


事の発端は、左大臣家のきょうだい2人のジェンダーとセックスが食い違っていることにあります。

ジェンダーというのは社会的な性、セックスというのは生物学的な性を指す言葉です。

平安時代であれば、男子は外に出て素顔をさらし女子は部屋の奥に引きこもってごく身近な人間にしか顔を見せないというのがスタンダードな性役割。

にもかかわらず、男の子(男尚侍)の方は恥ずかしがって顔を見られるのを避け、女の子(女中納言)はいつも外に出て周囲の人達と遊んでばかりという状態でした。

この2人は容貌がそっくりなのに性質は対照的なのです。

2人の様子を書いた場面では、男尚侍を見て涙を流していた左大臣が、女中納言の元に行った時には「嫌なことを忘れて微笑んでしまう」とあるのが印象的。

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(少女時代の女中納言の様子はこんな感じだったようです。男性用の衣装を着ていますが、未成年のため髪は切られていません)

同じようなものでありながら、陰陽を分かつ存在と言えばいいでしょうか。

人々は男尚侍を女子、女中納言を男子と認識するようになり、左大臣は周囲の誤解を解くことができず性別を逆にして成人の儀式をさせます。

そして女中納言は従姉にあたる四の君と実のない結婚をし、男尚侍は女東宮(帝に男皇子がいないため、朱雀院の皇女が皇太子となっている)の元に出仕して契る仲に。

女中納言の仕事仲間である宰相中将は好色な性格で、四の君と男尚侍を恋慕し、男尚侍に関する恋愛相談をたびたび女中納言に持ちかけます。

その時の女中納言の心情には、女性としての視点もあるよう。

女中納言と男尚侍を性同一性障害と捉える説もありますが、心の性別が体の性別と違っているのではなく、彼らの性質が当時の社会的性役割から逸脱しているだけと考えるべきでしょう。

その証拠に、男尚侍は女東宮の元に出仕し寝起きを共にするようになると女東宮と契ります。

宰相中将は女中納言不在の隙に四の君と契り、四の君は懐妊。

懐妊を知らされた女中納言は、「四の君が処女だったことを奇妙に思っている男がどこかにいるのだ」という不安から、都から離れた吉野に心の平安を求め旅立ちます。

そこで登場するのが、世を捨てた先帝の第三皇子である吉野の宮です。

優れた才能を持ち唐に渡り、現地の女性と結婚して2人の娘をもうけたものの、妻と義父が死んだ上に殺されそうになり慌てて日本に帰って来たといいます。

身の危険を案じて出家し吉野にこもった大海人皇子のような造形ですね。

吉野の宮には予知能力があり、女中納言と出会って彼女の本性や将来を見抜き「今の苦境は一時的なもの」と慰めます。

さらに女中納言に2人の娘を紹介、生真面目な女中納言としては珍しく姉妹の部屋に入り込み懸想めいた言動を見せます。

これは、姉妹の母親が中国人であるという物珍しさ、普段は気にしている世間の目から逃れられた開放感などが影響した行動だったようです。

表向きは男性として恋情があるように見せかけるものの、実際には心を許せる女の親友を見つけたという気持ちだったのでしょう。


2.第二巻

・四の君、女児出産
・宰相中将と四の君の密会現場を女中納言が目撃
・宰相中将、男尚侍のもとに忍ぶが想いを果たせず
・宰相中将、女中納言の本性に気付き契る
・女中納言、四の君ともに懐妊
・女中納言、宰相中将に身の上を相談
・女中納言、大将に昇進、宰相中将、権中納言に昇進

四の君が女児を出産し盛大に祝われるものの、女中納言は宰相中将に似た赤子の顔に心乱れます。

さらに出産七日目の夜、宰相中将と四の君の密会現場を目撃し、四の君の相手が宰相中将であることの確証を得るのです。

普通の男なら相手の男に憤りを覚えるはずですが、女中納言の目は四の君の不用意さに向けられます。

「思い通りになる女には、多少なりとも幻滅を感じることだろう、一方では奥ゆかしい女性の方に心惹かれるのではなかろうか」という女中納言の想像は的中。

宰相中将は、新たな刺激を求め男尚侍のもとに忍びこみます。

しかしながら気丈に肌を許そうとしない男尚侍に宰相中将は困り果て、なだめすかされてその場を去ることに。

寂しさを紛らわすため、男尚侍に似ていると噂される女中納言のもとに出かけた宰相中将は、猛暑のため薄着でくつろぐ彼女の姿に惑乱し、強引に契りを結びます。

もちろん宰相中将は最初から女中納言の本性を見抜いていたわけではなく、乱れ寄るうちにだんだんと気付いていったよう。

平安時代は同性愛をタブー視する傾向がなく、気になる女性の兄弟に想いを重ねることも多かったですし、何より女中納言が魅惑的だったのでしょう。

女中納言は、その後宮中ではできるだけ宰相中将を近付けないようにしたものの、どうしても逃れられない逢瀬の時は従順になびきます。

これは、変に嫌われて秘密を言いふらされるのを恐れたためのようです。

そのうち女中納言は懐妊、ほぼ同時期に四の君も二度目の懐妊。

身の処し方を悩んだ女中納言は宰相中将に事実を打ち明け、「女姿になり身を隠しましょう」という宰相中将の誘いをやむなく受け入れます。

妊娠五か月ごろに催された観桜の宴で、女中納言は素晴らしい姿を見せ帝の意向により大将に昇進、合わせて宰相中将も権中納言に昇進。

その頃宰相中将に届いた四の君からの手紙をうっかり見た女中納言は、衝撃を受けます。

上に着る 小夜の衣の 袖よりも 人知れぬをば ただにやは聞く

表面上の夫である女中納言の昇進より、人知れぬ仲の宰相中将の昇進の知らせの方が嬉しく感じられたという内容の歌。

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(きまりが悪くなった女中納言は、「薄墨で読めない」と言って宰相中将に手紙を返そうとします。調子に乗った宰相中将は女中納言をからかうそぶり)

女中納言は、深窓の姫君であり世間的には大切にしていた妻の思いがけない心変わりに、「男はもちろん、女の心もあてにはならない」と幻滅を覚えるのです。


異装の身として本来の性とは異なるジェンダーを担いながら、異性愛を通して自らの肉体的な性(セックス)に目覚め始めたきょうだい達。

女中納言、四の君、宰相中将の奇妙な三角関係はどうなっていくのでしょうか。

次回に続きます。
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