2018/04/03 06:00
そろそろ新学期ですね。

不定期で書いているこの古文対策のためのシリーズ、いつの間にか10回目となりました。

9回目の記事はこちらです。
https://39.benesse.ne.jp/blog/2259/archive/401

今回は、学校ではあまり本格的に習うことがなく、うやむやにされがちな古典常識について書かせてください。


【勘違いされがちな古典常識】

古典常識なんて解釈のためには必要ないという理由なのでしょうか、学校で古典常識を教わる機会はかなり少ないです。

確かに、文法と単語を理解していれば訳はできますし大抵の問題を解くことができますよね。

なので、先生によっては全く古典常識に触れずに終わってしまう可能性も。

でも、そうすると生徒は変なところでちょくちょく勘違いを起こします。

昔の常識と今の常識は違うのに、今の常識に当てはめて文章を読んでいたら違和感を覚えるのは当然のこと。

やはりある程度は、古典常識について知っていた方が理解度が深まるものなのです。

というわけで、特に勘違いされやすい古典常識について、大きく分けて3つの項目ごとに説明していきましょう。

1.結婚

平安時代頃の結婚制度は、今とは大きく異なっています。

資料集を見ると、男性が3日間続けて女性のもとに通い結婚成立、「露顕(ところあらわし)」という儀式をする、といったことが書かれています。

しかし、しっかりと教えてほしいのはそこではありません。

平安時代の結婚の最大の特徴は、「男性が女性の実家を訪問することを続ける」という「妻問(つまどい)」の形式にあります。

結婚といえば男性の家に、女性が嫁としてもらわれてくるものだと思っていませんか?

平安時代はまるきり逆で、男性が婿入りするという発想だったのです。

男性は、最初のうちは手紙だけでやりとりし、しばらくすると邸の縁側のような場所に通されるようになり、そのうち邸内に入れてもらえるようになって…といくつかのステップを踏む必要がありました。

正式に結婚が認められると、男性は昼間も女性の家にいてよいことになり(自分の家に帰ることも可能)以後男性の面倒は女性の家でみることになるのです。

『蜻蛉日記』では、道綱母が夫の衣装をあれこれこしらえてあげていたことなども書かれています。

子どもが生まれた場合は女性の実家で育てることになりました。

こんな状況ですから、婿になる男性は女性の両親の目を気にしながら行動することになりますね。

意外なことに、女性側の方が強くなりやすい婚姻形式だったのです。

ただし、一夫多妻制ですから、男性は息抜きに正室(本妻)より身分の低い側室(妾)を作ってそこでやりたいようにさせてもらうというようなこともしていたようです。

『源氏物語』で光源氏が葵上と結婚していた時は、まさにそんな感じでした。

大臣家の姫君様と一緒にいたら息が詰まる、気楽になれる相手を探そうとあれこれ女性に手を出したというわけ。

それで大臣家から疎まれてますます足が遠のいていったよう。

ただし、平安中期くらいから同じ家に男性と女性が常に一緒に暮らすという婚姻形式も行われるようになります。

光源氏の息子夕霧が妻の雲居雁と結婚した時はこの同居婚でした。

それでも妻の身分が高い場合は妻側の実家の力が強く、夕霧が落葉の宮という女性のもとに通い始めると、雲居雁は怒って実家に帰ってしまうという事件が起こります。

結局、光源氏の死後にこの夫婦は何とか和解し、雲居雁と落葉の宮はどちらも正室としての扱いを受けるという形に落ち着くのです。

2.衣装

平安時代頃の女性の衣装といえば、「十二単」だと思う人が多いはず。

なので、常に十二枚も重ねて着るって大変だなあなどと思う方もいらっしゃるようです。

しかしこの「十二単」、正式名称ではありません。

十二単というのは後世につけられた俗称なのです。

正しくは、「五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)」などと呼ぶらしいのですが、「女房装束」という言い方のほうがしっくりきます。

貴人に仕える女房という女性達が主に着用していたので、こう呼ぶのですね。

基本的には、小袖という白い着物と袴を着て単という衣と打衣という光沢のある衣を着用し、その上に袿(うちき)というカラフルな衣を重ね、表着(うわぎ)を着た後に唐衣というチョッキのようなものを羽織り腰に裳と呼ばれるスカートのような飾りをつけます。

袿は五枚程度重ねるのが普通だったようで、十二枚というのはめったになかったようです。

標準的な女房装束でも20キロくらいの重さがあったらしいので(ゆえに正座はできなかったらしい)、さらにたくさん着たら自分の体重を超えてしまう可能性も。

つまり、こうなります。

18-04-02-09-02-58-918_deco.jpg
(雑なイラストですみません。衣装の柄や色は適当です。)

しかもあまり重ね過ぎると華美になるとのことで「重ねるのは七枚以下にしなさい」といったお触れが出た時代もあったとか(古い記憶なので数が曖昧です、六枚だったかも…)。

さらに、女房装束と呼ばれるようにこの衣装はお仕えをする人が着るフォーマルなものであり、普段着ではなかったのです。

では、女房ではなくかしずかれている姫君や奥方などはどのような姿をしていたかというと。

「袿姿」と呼ばれる、余計な装飾を省いた比較的簡素な衣装を着ていました。

18-04-02-09-04-14-567_deco.jpg
(夏は生絹(すずし)の単衣という、裏地のない衣を着ていました。薄い生地なので肌の色や肉付きが透けて見えてしまい、生々しかったようです)

このように、邸内に住む高貴な女性は割と楽な恰好で過ごしていたのです(ただし天皇の后となった場合は大臣家の姫君でも正装にしました)。

『あさきゆめみし』という漫画を読んだことのある方は、夕霧が嵐の日に紫の上を見て「あの方が紫の上様だ!」と思ったり、柏木が女三の宮を垣間見して「あのお方が女三の宮様…」とときめいたりする場面を覚えていらっしゃるかもしれません。

初対面なのにどうして一発でその人だと分かるのでしょうか?

どちらの場面でも、彼女達は何人もの女房に囲まれていたのにも関わらず。

それは、彼女達が着ている衣装が他の女房とは紛れようもない袿姿だったからなのです。

女房装束の人達の中にこれだけラフな姿をしている人がいれば、それは目立ちますよね。

男性の衣装についても、少し書かせてください。

平安時代の男性の装束というと、漫画などでは圧倒的に狩衣、もしくは水干(すいかん)が描かれます(『ヒカルの碁』の佐為さんとか)。

でも、貴族男子の正装は束帯で、普段でも直衣(のうし)という衣装だったのです。

狩衣は袖にくくり紐が付いていることからも分かるように動きやすくすることができる衣装で、もともとは馬に乗って狩りに出かける時に着たものでした。

水干は狩衣に似ていますが、主に少年が着ていたものです。

つまり、狩衣や水干はお金持ちがゴルフする時に着るポロシャツとチノパンのような感じのコーディネートだと思っていただければ良いと思います。

3.官職

官職、つまり平安時代の宮中での職業には神祇官、太政官、大蔵省などいろいろな種類がありますが、それらには位階というランク付けがついて回りました。

なので、この位階と官職を混同しやすいのですが、違うものだということをご理解ください。

位階には一位から八位までありますが、さらに正三位・従三位とか正四位上・正四位下などと正従や上下の区別がつくので実際には30種類にもなるそうです。

しかしながら位階と官職は連動しており(官位相当制)、この職に就くにはこの位階でなくてはならないという決まりがありました。

あと、同じ役所内でも上下関係があり、長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん)の4つに分かれているのでややこしいです。

同じ部署内に部長、課長、係長、平社員がいるようなものなのだなあとくらいに思っていただければ充分です。

さて、ここからが本題。

重要な官職に就く人、出世する人はよほど優れた能力の持ち主だったのだろうと考えられがちですよね。

でも、必ずしもそうとは言えませんでした。

平安時代は身分、つまり家柄がものをいう時代。

上流貴族の家に生まれれば、ほぼ出世できることが決まっていたのです。

蔭位(おんい)の制といって、初めて叙位を受ける際にその人の父親や祖父の位階に応じた位階を受けられるという制度までありました。

官位相当制があるので、上流貴族の家の子は若いうちから蔵人頭(くろうどのとう)などの華のある職に就けたのです。

現在なら、たとえ部長の子どもであろうと入社していきなり課長などになるようなことはないはずなのですが。

『源氏物語』で夕霧が元服した際、通例より低めの六位という位階を与えられ不服に思ったというのも、こういう制度があったため。

ただし、下流貴族からしてみれば六位というのは決して低い位ではなく、蔵人所の下っ端である六位蔵人は栄誉ある職とされていました。

『枕草子』には蔵人所で長く見習いとして働いていた人が六位蔵人になることを、とても素晴らしいとほめたたえている箇所まであるのです。

ただし、身分と官職の関係には例外もあります。

有名なのは、菅原道真ですね。

宇多天皇が藤原家を遠ざけようとして、学者としてとても優秀だった菅原道真を重用したのがきっかけです。

その次の醍醐天皇の時代には右大臣となりましたが、その時1つ格上の左大臣の職に就いていたのが藤原時平という人です。

時平は藤原北家という藤原氏の中でも名門中の名門の家の御曹司で、彼が出世するのは当たり前と言えば当たり前。

ところが側には一介の学者に過ぎないはずの菅原道真がいて政治にあれこれ口を出してくるとなれば、うっとうしくもなりますよね。

その後、策略により道真が大宰府に左遷されたというのはよく知られている話です。

まあこれは例外の中でも際立っているのですが、何の罪もなく左遷された道真が可哀想に思えてなりません。

結局、何を言いたかったのか?

物語の中では主人公やその親族などがトントン拍子に出世していくことが多いけれど、それは彼自身の実力というより家柄によるものが大きかったのだよという話。


…長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただけたでしょうか。

この古文嫌いが云々のシリーズ、今回10回目という区切りの良い数字になりましたので、勝手ながらこれをもって終了したいと思います。

元はといえば中学生や高校生のお子さんを持つ母親向けに、「我が子が古文を嫌がるようなら参考にしてみては」くらいの気持ちで書き始めたものです。

ですが実際には、このブログを読んでくださる方は若いママさんが多く、子どもは未就学児から小学生くらいの人がほとんどです。

なのでお役に立てるかどうか分かりませんし、そもそも書くネタも尽きてきましたし、潮時かと。

とはいえ、このシリーズのファンだという方も数えるほどですがいらっしゃるので、今後は別の形で古文関連のシリーズを書くことを検討中です。

目下構想を練っている段階ですので、よろしければ気長にお待ちくださいませ。
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2018/01/11 06:00
冬休みはそろそろ終わり、3学期が始まりますね。

行事や行楽が多い2学期と比べると、3学期前半はあまりバタバタしない時期だと思います(受験生除く)。

定期テストも、1回しかないことが多いですしね。

寒くて引きこもる日が増える分、中高生にとってはこれまで手薄になっていたところを復習して補強するチャンスでもあります。

というわけで、勉学に悩む子どもの手助けをしたく始めた古文シリーズ、久々にやります。

ちなみに、前回の記事はこちらです。

【読解問題はシステマチックに解く】
https://39.benesse.ne.jp/blog/2259/archive/338

そして今回は、ほとんどの人が嫌いだろうからと避けていた文法について少し書こうと思います。


【活用語は歌うように】

文法で重要なのは、活用語です。

つまり、動詞、形容詞、形容動詞、助動詞

学校で文法を習う時も、これらの品詞をまず習うはず。

非活用語に関しては、助詞を除けば覚えることが少ないので後回しで大丈夫です。

そして、活用語を習う際には活用表の中にある活用のパターン(ナ変動詞なら「な、に、ぬ、ぬる、ぬれ、ね」というあれです)を丸暗記させられるはず。

この活用パターンを確実に覚えられるかが、古文を得意科目にできるか否かの最初の分かれ道と言えるでしょう。

特に動詞の活用は、助動詞の活用を覚える際にも応用できることが多いので考えなくても言えるくらいに覚えてください。

覚える時には、とにかくリズムよく大きな声を出すことをおすすめします。

歌を歌うようなイメージです。

あと、文法を説明する時に壁になるのが文法用語。

文法学者の考えた理屈っぽい文法用語は「何が何だか分からない」というものが多いので、混乱しないように以下にざっくり書いておきます。

・活用の種類…活用するパターンを系統ごとに分けたもの。四段活用、上一段活用、カ行変格活用など。

・活用形…文章中の位置や下につく語によって変化する形を分類したもの。未然形、連用形、終止形、連体形、已然形、命令形の6つがある。

・接続…助動詞や助詞が語の下につく時、その語の活用形が何になるかを表す。「ず」は未然形の下につくから未然形接続、「けり」は連用形の下につくから連用形接続などという。

・語幹…活用語が活用した時、変化しない部分(語幹がない語もある)。「読む」という動詞なら「読」の部分が語幹。

・活用語尾…活用語が活用した時、変化する部分。「読む」という動詞なら「む」の部分が活用語尾。


そしてこれから書くのは、特に嫌がられる「接続」の話。

助動詞や助詞の接続はそれぞれ違うので、非常に煩雑です。

おまけにこの接続の微妙な違いによって、まぎらわしい助動詞や助詞の識別をしなくてはならない事態が発生します。

例えば同じ「ぬ」という形になっている助動詞でも、「行かぬ」などのように未然形の下にあれば打ち消し「ず」の連体形、「行きぬ」などのように連用形の下にあれば完了「ぬ」の終止形、となります。

願望の助詞「なむ」と、強意と推量の助動詞がくっついた「なむ」もよく見分け方がテストに出題されます。

教員時代、願望「なむ」は未然形接続で「〜してほしい」と訳し、強意+推量の「なむ」は連用形接続で「きっと〜だろう」と訳す、などと説明しようとしたら生徒の半数がフリーズしました。

この子達のレベルじゃこの説明無理だった、もうすぐ定期試験なのにどうしよう…と思った私は半ばやけくそで。

「じゃあ、『なむ』の上の音だけを見て。『なむ』のすぐ上の一文字がア段だったら願望だと思えばいい。イ段だったら強意+推量で訳して」

この説明、実は穴だらけなのですが未然形は活用語尾がア段になるものが多く、連用形の場合はイ段が多いということは事実。

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(その時の板書の再現。無理矢理感半端ないです)

そしてこの付け焼き刃によって、古文のテストで赤点続きの生徒達も「なむ」の見分け問題、定期テストで正解することができたのです。

その時に気が付きました、文法を考える上で「音」って大事なんじゃないかと。

文法なんてものは自然の林に勝手に針葉樹林だの広葉樹林だの名をつけるのと同じで、自然発生的な事柄に秩序を探し出したもの。

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(イメージ)

文法ありきで言葉ができていったわけではないのです。

古代の人は割とゆっくり、歌を歌うように話していたのじゃないかという説を聞いたことがあります。

だから、言葉は音の響きが美しく聞き取りやすいことが優先されたのではないかと。

そう考えると、古典文法にしばしば見られる変な(イレギュラーな)接続の意味も分かります。

完了の「り」という助動詞があるのをご存知でしょうか。

サ変動詞の未然形と四段動詞の已然形(もしくは命令形)の下につくという謎の接続をするやつです。

なぜこのような限定的で不規則な接続をするかとよく考えたところ、「り」の上の音は必ずエ段になるということに気付いたのです。

「せり」、「行けり」といったように。

サ変は已然形もエ段で終わるじゃない、と思った人がもしかしたらいるかもしれません。

でも「すれり」って、言いにくいですよね。

なので「せり」の形が定着したと考えると良さそうです(実際は「しあり」「行きあり」などが変化してあの形になったという説が有力のようですが)。

その他の例。

・「べし」などの終止形接続の助動詞はラ変型活用語に接続する場合のみ連体形に接続する。
ラ変型以外の活用語は終止形がウ段で終わる。なので「あべし」などとなるのを嫌い、連体形を用いて「あべし」となったらしい。

・過去の助動詞「き」は連用形接続だが、サ変とカ変に接続する時のみ「せし」「せしか」「こし」「こしか」という未然形に接続する形が存在する。
→連用形接続だと「しし」「きき」という形ができてしまうので、これを避けたと思われる。

他にも探せばあるかもしれませんが、このくらいにしておきましょう。

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(これを書くにあたって、あれこれ書いたメモ。読まなくていいです)

今回書いたことは私個人の解釈が入っていて、全てが定説ではないのですが。

ともすれば理屈中心になりがちな文法も、「音」に着目すればすんなり理解できることがあるかもしれませんよ。


ここまで長々とお付き合い下さいまして、ありがとうございました。

ただでさえ分かりにくい文法の話にここまで付き合えた方は、勇者と言えるでしょう。

最後に一言。

ほとんど需要のないこの古文シリーズですが、少数ながら面白いと言って下さる方が何人か存在するのは本当に嬉しいです。

しかもこのたび、mihoyamanaさんがこの古文シリーズに刺激を受けて古典文学作品に興味を持ち、『平家物語』冒頭部分を題材にした小説を執筆されました。

そして、見事受賞の快挙。

ということで、ついでに彼女の方のブログも覗いてきて下されば、至福の限りなのであります。
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2017/10/14 09:59
私が古文教師時代を思い出しながら時々書いている「我が子を古文嫌いにさせないために」のシリーズ。


中高生のお母さん方向けの記事で、お子さんが古文嫌だとかぼやいていたら参考にさせてあげてください、くらいの気持ちで始めましたが。

意外なことに、大人のブロガーさんから「面白い」と言われる機会が増えてきました。

複数コメントをいただいた前回の記事は、こちらです。

【古文単語の意味は100語覚えれば十分】
https://39.benesse.ne.jp/blog/2259/archive/309

単語帳の出版社さんに怒られそうな記事でしたが。

私の古文の教え方は、「最小限の労力で及第点以上を取らせる」ことを主な目的にしていましたので(古文が得意な生徒が少なかっため)、これで良いのだと思っています。

また近いうちにこのシリーズを書きたいなあとは思っていましたが、構想を練るのに時間がかかり遅くなってしまいました。

前回、覚える単語を極力少なくする方法を書きましたが、単語力が足りなければ読解で苦労するだろうと言われかねませんね。

そこで、今回は読解問題を素早く解くためのテクニックについて書こうと思います。


【読解問題はシステマティックに解く】

なぜか、古文の読解問題を解くには独特の感性や表現力が必要だと思っている人がいます。

「小さい頃から本を読んでいないから古文の読解が苦手」なんて会話を聞くことがあるのですが、現代文の小説ならまだしも古文には通常、感性などの特別な能力は必要ありません。

古文のテストの時試験監督をしていると、ひたすら本文と問題文をにらめつけながらじっとしている生徒の姿をよく目にします。

はっきり言って、手を全く動かさずに頭をフル回転させているだけでは無駄に時間を浪費してしまいます。

そして本文が難解なほど、読めば読むほど訳が分からなくなって泥沼にはまってしまうのです。

まず、古文の問題を解く時に本文を先に読むか問題文を先に読むかでも効率は変わってしまうと考えられます。

私のおすすめは、問題文を先にざっと読んでから本文を読む方法。

問題文を読むのにかかる時間は(よほど問題が多くない限り)数十秒程度です。

この数十秒で本文のどのあたりを重点的に読むべきか見当がつくので、やらない手はありません。

そして、本文を読む時には3つのポイントをチェックしましょう。

具体例がないと分かりづらいので、有名な『源氏物語』の序文が本文に出てきたとします。

「いづれの御時にか、女御、更衣、あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。」というやつです。

ざっくり現代語訳すると、「いつの天皇の御代であったか、女御や更衣がたくさんお仕えしていらっしゃった中に、とても高貴な身分ではない人で、とりわけ寵愛されていらっしゃった人がいた。」という感じ。

授業で丸暗記させられた方が多いでしょうが、『源氏物語』の文章は難解なものが多く、一文一文が非常に長いです。

私もこの一文しか覚えておりません(もっと頑張れよ…)。

ではまずポイント1。

注釈を読むことが非常に大切です。

学校の定期テストではあまり見られませはんが、模試や問題集の問題をよく見ると本文中にいくつかの注釈がついていることが多いです。

小さい字で狭いところに書かれているため、気付かずに見落としたり面倒くさくなったりして読まない生徒が数多くいました。

ところが、この注釈を読んでいないと問題を正確に解けないというケースがよくあるのです。

そもそも、なぜ出題者がわざわざ注釈をつけるか分かりますか?

本文の一部に難しいところがあって注釈をつけないと問題が解けないから、です。

生徒の大半が解けない問題を出してしまっては出題者も困るので、考えるヒントとして注釈を書いているわけです。

注釈ってどんなもの?と聞かれそうなので、画像をのせておきましょう。

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このように、本文の左側に小さく書かれます。

該当する本文のすぐ左に書くケースもありますが、本文をまとめて書いた後、その左に注釈をひとまとめにして書くケースもかなり多いです。

こちらの注釈は私が適当に考えて書いたので文章が下手ですが、ここに注釈がある意図は何でしょうか。

「女御」と「更衣」は天皇の妻であるということ、「更衣」は「女御」より身分が低いということに気付いてほしかったのです。

平安時代の有職故実に詳しくない限り、「女御」ならまだしも「更衣」が天皇の妻だということを生徒が知っている可能性は低いと考えられます。

「更衣って何だろう、更衣室の更衣?」などと悩んでしまうかもしれませんし、「女御って、女性のことを丁寧に言ったのかな」なんて勘違いもありがち。

古文には主語が省略されるケースが非常に多いため、登場人物を正確に把握することが勝敗を分けます。

なので、人物を表す語で分かりにくいものには大抵注釈がついています。

そして、敬語がつく人物とつかない人物を見分ける必要も出てくるので、身分にも触れてあるのです。

こういった例の他に、分かりにくい文章をほぼ丸ごと現代語訳してくれている注釈も時々見かけます。

見ない手はありませんよね。

ポイント2。

敬語には全て印をつけましょう。

敬語には尊敬語、謙譲語、丁寧語の3種類があるので、いづれであるか分かるように書くことが大事です。

「尊」などと漢字で書いても良いのですが、試験はスピードが命、「S」などと頭文字のアルファベットで書いても構いません。

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「さぶらふ」は「お仕えする」という謙譲語なので「K」、「たまふ」は尊敬の補助動詞(別の動詞にくっついて尊敬の意味を加える)なので「S」と書きます。

先程の注釈により主語が「女御、更衣」であることは目星がつくので、「たまふ」の方は女御と更衣の人々に対する尊敬語だと分かります。

さらに「さぶらふ」という謙譲語を使っているので、女御や更衣がお仕えする相手(おそらくとても身分の高い人)が存在することが分かります。

その相手は誰かと考えると、注釈の中に書いてある「天皇」が候補にあがるでしょう。

本文中に書かれていない天皇の存在に気付くには、敬語に注目することが必要だということになります。

最後に、ポイント3。

形容詞、形容動詞、動詞などには、良い意味を持つ単語と悪い意味を持つ単語、良い意味と悪い意味の両方がある単語があります。

こういう単語を片っ端から見つけて、良い意味には「+」、悪い意味には「−」、両方の意味がある時は「±」をつけていきましょう。

こうすることによって、本文全体を俯瞰した時に良いことが書かれている部分、悪いことが書かれている部分を大雑把に把握することができます。

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「やむごとなし(高貴な)」、「すぐる」、「時めく(時流に乗って栄える、寵愛を受ける)」この3つは全てプラスの意味の単語です。

文章中で、プラスの単語とマイナスの単語が交互に出てくることはまれ(ただし、打ち消しの助動詞「ず」には気をつけてください。これが直後につくと単語の意味が逆になります)。

つまり、分からない単語があった場合、その近くの単語がプラスの意味かマイナスの意味かによってある程度意味を類推できます。

この部分の場合、「時めく」の意味が分からなかったとしてもその前にプラスの意味の単語が続いているので、「これは良い意味の単語のはず」と分かるのです。

学生時代に「文脈で判断して」なんてことを先生に言われた経験がある人は多いと思いますが、それは文の前後をよく読んで曖昧な部分を補えということ。

そのために効果的なのが、このプラスマイナス法なのです。

『源氏物語』の冒頭部分は天皇に寵愛された桐壺更衣と呼ばれる女性が他の女性からの嫉妬を受けて苦しむさまが書かれているのですが、そこには「めざまし」という単語が登場します。

「意外だ」という意味があり、良いことにも悪いことにも使う「±」の単語です。

しかし、「おとしむ」「そねむ」といったマイナスの単語が近くにあるので、「意外で不愉快だ」くらいの意味だと分かります。

文章を現代語訳する時に大切なテクニックなわけです。

具体的な意味は分からないけれどプラスかマイナスかだけは判断がつくという場合は。

プラスの単語は「立派だ」「素晴らしい」「ありがたい」などを、マイナスの単語は「嫌だ」「つらい」「情けない」などの言葉を訳に当てれば何とかなります(とりあえず文の意味が通って完璧ではなくても部分点がもらえる)。

分からないところを空白にして現代語訳するより高得点になる可能性が高いので、やる価値はあるでしょう。

以上、古文の読解問題をより論理的かつ効率的に解くための方法でした。

その気になればこのテーマ、1時間くらいしゃべり倒して説明したいくらいなのですが、ブログではそれができないのでかいつまんでの説明となりました。

細かい用語の説明はすっ飛ばしましたので、分からない部分があっても気にしないでいただけたらと思います。

まとめると、本文や問題文はじっくり読む部分を絞り、本文中にたくさん書き込みを入れることが読解問題を解く上で大切なことだと言えます。

とにかく目と手をせわしなく動かして解くのが大事。

テスト用紙とじっとにらめっこするのは得策ではないということだけでも、ご理解下されば幸いです。
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