2016/11/27 16:54
こんばんは。はるるんです。

アクセス、ポチ、ありがとうございます。

24歳の誕生日を明後日に控え、
感謝の気持ちを綴りたくて、
今日は、私の母について書こうと思います。


私は長女です。
お母さんは、19歳の時に私を産みました。

それからというもの、私を含む3人の子供達の世話や、家事、自営の仕事、すべてをノンストップで進めていく毎日。
朝も早くて、夜は私達を寝かせてから、また厨房に戻って片付け。
自分の時間なんて、本当になかったんだろうな。

お母さんがゆっくりご飯を食べてる姿とかも
ほとんど記憶にありません。
弟にご飯をあげてる姿だけ。

いつご飯食べてたのかな。

いつもかき込むように、食事を済ませてたのかも。

母親になった今なら、そうやって、
想像して振り返ることもできるけど、

当時の私は、基本的にお母さんに反抗的。

それはまあ、酷い態度ばかりで。

酷い言葉ばかり浴びせて。

小学校高学年から結婚する直前まで
本当に、もう、病ませまくって。

酷い娘でした。

お母さんの気持ちを、全然考えてなかったし

いつも口うるさくて、
頭ごなしで、
もーやだーーーって思ってました。

家の中で女は2人なのに、
なかなか素直に歩み寄れなかったな。


でも、ミツを妊娠して、
結婚して、

どれだけお母さんの存在に助けられたか。

あれだけ酷い行動ばかりで
見捨てられても仕方ないような状態だったのに
寄り添ってくれて、
応援してくれて、
時には褒めてくれて、
フォローしてくれて、

本当に、妊娠してからは
お母さんの大変さが身に沁みたっていうか

「お母さん今までごめんね。」って

初めて心の底から思いました。


でも、それを
最大に感じたのは出産の時。


陣痛がいきなり早まって、
開大2センチでストップしてた子宮口が、
2時間足らずでいっきに全開。

骨盤とお尻が砕けそうな激痛に
大声で「痛い痛い」って言って、
泣きじゃくってみっともなかった私。


意識の遠くで
「お母さん、これ、4回もやったんだ…」って
思ったら、余計泣けてきて。


やっとミツが出てきて、


感動も、もちろんだったけど、

母親になれた、達成感というか、
自分で産むことが出来た、大きな自信とか
とういう喜びがすごくて。

痛みなんて何処へやら。


少しして、沐浴してもらって、分娩室に戻ってきたミツ。


「3215gですね!」

そう、助産師さんの声。


私はびっくりしました。


私が生まれた時の体重は、
「3220g」 




その差は5g。



私     3220g
ミツ  3215g



その時思いました。



「お母さん、私のこの痛みより、
さらに5g分、痛かったんだなぁ…」と。

そう思ったら涙が出てきて。


やっぱりお母さんは凄い。
母は偉大。


偶然だけど、
なんだか不思議で。


ミツに、「ばあばのこと、大事にしてね」って


出産を通して教えてもらったのかもしれません。





今は、お母さんと買い物したり、
ほんのちょっとの時間だけど、話したり

そういう時間が楽しいし、

お母さんが悩んでることとか、
しんどそうなこととか、
私が力になれることはしたいな…って
思うようになりました。




母親になるまで、
心の底から感謝したことなかったけど。


ミツを産んだあの瞬間

生まれて初めて心から


「お母さん、今までごめんね、ありがとう」

そう思えました。








必ず結婚式挙げて、改めてそこで
感謝を伝えるのが、今の目標です。


春瀬はるか  1歳  1993年頃  

image-f4380.jpeg


最後までありがとうございました。

春瀬はるかさんのファンになる
この記事がいいと思ったらクリック!
この記事をみんなに教える
2016/11/23 01:11
こんばんは!はるるんです!
前記事にコメントを下さった、
矢萩典子さん、
ありがとうございました♡
お返事させていただきましたので
またお時間ありましたら遊びに来てください!

そして、たくさんのポチ、アクセス、
ありがとうございます!



さて。11月22日はいい夫婦の日。
ささやかですが、クオカードで
甘いものを少し買って、家族三人で食べました。

「昨年の今頃は何してたかなぁ」と
スマホのフォルダをスクロールしていたら
こんな写真が出てきました。

image-1a6b9.jpeg

授乳中。

1年前の今日。2015.11.22


まだ授乳頑張ってる頃。

息子は、生後4ヶ月から
完ミに移行しました。
この写真はおそらく、もう、授乳をやめて、完ミにしようかな…と思っている頃に撮ったもの。

私は、なかなか母乳が出ませんでした。
頑張っても、片方30ml。


授乳に関してはいろいろホントに悩んだな。
たふん1番悩んだ。


おばあちゃんも、お母さんもよく出る人で、
勝手に「私も出る」って思い込んでました。

しかし、
もうこれが、ぜんっぜん出なくて。
自分で作った、理想のお産、理想の子育て像の呪縛がすごすぎて。
「出ないなんて母親失格だ!私」って思ってました。
そんなことないのにね。ほんと。(笑)
  ただ、当時は本気でそう思ってました。

泣きじゃくるミツを前に、
自分の胸を責めた。
出ないのに無理矢理何分もくわえさせました。
20分も、30分も。
ミツには当時、悪いことをしたな。

ミルクあげながらボロボロ泣いてたりしたな。

一日に3リットルハーブティー飲んだり、
夜中も起きて絞ったり、かえってそれが、
ストレスで出なかったのかも。今思うと。


何事も、捉われすぎないことですね。
完璧とかないしね。正解とかないしね。

ミルクが悪いとか、
母乳がいい、とか
ほんとにないと思います。

初乳は大切だけどね。(産後3日間のお乳)



ミルク育児で自分のこと責めちゃうママの味方でいたい。
私も悩んだ分、
気づけたこと、沢山あるから。


現代は、
育児ノイローゼ
産後クライシス
母乳ノイローゼ

…色んな言葉が出てきて、

そのおかげで女性のホルモンや、
感情のコントロールについて
理解が広がっている一方で、


そういう言葉に頼ること、甘えること、
それを批判もされたり、

「気の持ちようだろ」って

言われてしまったり。


こういう類のことで悩んでる人はみんな
「弱い」みたいな扱いを受けちゃう。

鬱も、精神障害も、摂食障害とかもそう。

「心が弱いから」

の、一言で片付けては、だめ。


みんな人間誰にでもなりうる。
どんなにどんなに心を鍛えても
強く生きても、

人間そんなに頑丈に出来てないから。


本人はなりたくてなってるんじゃない。
泣きたくて泣いてるんじゃ、ないんです。

まだまだ精神的な疾患について
理解の乏しい日本。


我慢がエライと思ってた。

でも、それってほんとかな?


泣かないでいることは、強いって思ってた。

でも、それって正しいのかな?


幼少から教育の中で植え付けられた、
日本に根付く

「正しい人」は

本当に、社会を生きていく上で、
正しいのでしょうか。



世界が変わってきています。
時代も変わってきています。


日本は?
子供達は?
大人達は?


新しい価値観は次々に世の中を塗り替える。

変わらないもの
変わっていくもの



本当に良いものを
良い考えを
模索していくことって
すごく大切だと、思います。


答えを出す出さない…でななく。

みんなで考え、模索すること。










明日は、わくわくわくわく♡な日!




おやすみなさい!
最後までありがとうございました!

※記事内容はあくまで個人の意見・見解です。他を批判・評価するものではありません。
春瀬はるかさんのファンになる
この記事がいいと思ったらクリック!
この記事をみんなに教える
2016/09/16 11:28
おはようございます、はるるんです!




忘れもしない、
2015年8月7日。


臨月の私は、その日、出産予定日もまだ先ということもあり、「初産だし、予定日過ぎるでしょ!」なんて、正直余裕ぶっこいてました。

毎年8月7日に行われる花火大会に行くべく、主人に休みを取ってもらい、
「7日には、産まれてくるなよ〜笑」なんて
お腹に向かって話してました。

でも、心のどこかで、『その日に生まれたら、この子の誕生日、毎年花火なんだな〜』と
漠然と思っていました。


しかし、8月7日当日の朝、
その時は突然やってきました。

横向きに寝ていた私は、
両手でグッと、体を押し上げました。
すると、
確かに、
「パシャ」という音が。

それと共に、水が流れ出る感覚。

瞬時に、「あ!これ破水だ!!」と思いました。いざ、始まったら焦ってしまい、身動きが取れず、主人を急いで起こして、バスタオルを持ってきてもらいました。

私がアワアワしていたので、主人は必死に冷静を装ってくれてたけど、今思えば、焦ってたんだろうな。笑


すぐ病院に連絡したら、「破水の場合は即入院だから、来てください」とのこと。

支度をして、母に迎えに来てもらい、すぐ病院に向かいました。
その時は午前10:30。

しかし、いざ、病院について、準備をしてもらい、ベッドに落ち着いたのですが、
痛みはゼロ。

「だいぶ水出てるし、じきに始まると思うよ〜」と助産師さんにも言われましたが、
一向に来る気配なし。

立会い予定でいてくれた主人も拍子抜け。
なのでテレビで甲子園を見てました。

33週頃から、へその緒が首に巻きついていると言われ、私は、座っている姿勢のほうが楽だったのですが、横にならないと、ミツの心拍が下がってしまい危険なので、あまり自由のきかない姿勢で過ごしました。


すると、16:00を過ぎたころからいきなり10分感覚に。
繰り返し襲ってくる陣痛に、だんだん恐怖が大きくなりました。
「もっと痛いの?もっと痛いの?えーー?」
って感じでした。

18:00を過ぎたころには5分を切る感覚に。
「鼻からスイカ」???

いやいや!

「鼻からマンション」でしょ!!!!!

私が1番痛みを感じたのは、お尻。
そして腰。
お腹の痛みより、とにかくお尻でした。
既に割れてるのに、本気で割れると思った。笑

下半身が、打ち砕かれ、バラバラになっていく感覚。『こんなんじゃ、もう、人の体に戻れないかも…』と本気で思った程でした。

あまりに苦しくて、うつろになり、主人の顔もぼんやり。主人は涙目で、必死に汗を拭いてくれたり、腰をさすってくれたりしました。




それから21:00くらいまで、あんまり記憶がなく。
気付いたら先生が来てくれていて、
「春瀬さん、もう全開だね、イキナリ開いて痛かったね、よし、イキんでいこうか、もうすぐ会えるよ!」

その先生の声が優しくて涙が出たほど。


実はこちらの先生、
私を取り上げてくれた先生なんです。
母と、親子2世代でお世話になっていて、
自分が子供を産むときは、絶対先生!って決めてました。


記憶してるのは、3回。
3回イキみました。

時間にして、20分くらいでしょうか。

最後、
はーーーーっと息を吐き出したら、
するんとミツが出てきました。


放心。


最初の気持ちは、感動とか、そういうのではなく、

『はぁ…私にもちゃんと、産めた』
という、
感じたことのない、大きな自信…というか。
達成感が押し寄せました。

そして、安堵と、喜びと、感謝。


最後までそばにいてくれた主人。

そして、両親への感謝が溢れました。
親子関係に常に悩んでいた10代。
20歳を過ぎてから、その気持ちは爆発。

本当に、傷つけ、病ませてしまいました。

心の底から感謝したことなんて…なかった。


けど、ミツを生んだ瞬間に、
「お父さんお母さん、ごめんね、ありがとう」と、心の底から思えたのでした。

過去の自分の行いを反省しました。

過去は変えられないので、
これからいっぱい恩返ししてかなきゃと
心に誓いました。


本陣痛が来てから6時間。
破水してから12時間。

22:59分、ミツ、誕生。

小さくて、あたたかくて、
愛おしくて、

私をお母さんにしてくれたミツに感謝しました。


image-a3332.jpeg
今では、いたずら小僧に成長。
ご飯もバナナもモリモリ。
笑顔いっぱいで、
ママはいっぱい元気もらってるよ。
ありがとう。



image-d9f6b.jpeg

天からの「授かりもの」だし
神様からの「預かりもの」


親として、どんなふうに向き合っていけるかな。
毎日試行錯誤だけど、

人間らしく、私らしく、
夢や希望をいっぱい持って生きていく姿を
見せていけたらと思います。


赤ちゃんは、自分の産まれてくる日を、
自分で選んで出てくる…というは
本当なのかもしれないな。


花火の日。
私達家族にとって特別な1日。

これからも、
花火の季節が来る度に、
初心に戻れることに
感謝です。



最後までありがとうございました。

春瀬はるかさんのファンになる
この記事がいいと思ったらクリック!
この記事をみんなに教える
  • ごはん
  • おうち
  • ハンドメイド
  • やりくり&懸賞
  • 健康&ダイエット
  • ビューティー&ファッション
  • おでかけ
  • お買いもの
  • 子育て&家族の話
  • あれこれ