2018/09/15 11:00


北海道胆振東部地震の被災地

厚真へ

行きました


木曜日(一昨日)から

ボランティアを受け付ける

というので


一昨日はお仕事がありましたが

昨日はたまたまお休みだったので

平日にお休みなんて

一か月に一回程度のチャンス!



早速足を運んできました



行って何ができる?

なんて思いも頭をよぎりますけどね

行ってみないとわからないですから

取り敢えず

行っちゃえ〜って( ̄▽ ̄*)笑
じっとしているのが苦手な舞ですf(^^;)


かつて息子を震災後の熊本に誘ったとき

息子が言いました


「僕なんかが行って 

 何か役に立てるの?」


これ、多くの人が思うかもね〜

その時の私の答え

「役になんて立つわけないでしょ(´艸`*)」

普通言わないよね
こういうシッチュエーションで( ̄▽ ̄;)笑

たぶん
「ちょっとは役に立つかもしれないから」
とか言うかな?


じゃぁ、なんで行くの?」


当然の疑問ね( ̄▽ ̄*)笑


「一人ができることなんて

1俵の俵から

米粒1粒取り出すようなもの

1俵から1粒取り出しても

誰も気づかないでしょうね

何かが変わったという気もしないね


でも、それを

1万人がやったらどうなる?」



息子、素直だったと思います

これ聞いて

「あっそうか、行くわ」

と即答で言ってくれました


山ほどの米粒から

1粒取り除けばいいのなら

できるかもって

ちゃんと理解してくれたみたい

当時の現地は
俵1俵なんてもんじゃなかったですけどね



役に立とうと思うと

強大な自然の力に圧倒され

一人の人間の微力さに

無力感が増しますけど


私は

何かできると思っていないから

あまり気にせずに行けるのだろうと

自己分析


重機を持って

現地に入られる方

行政の力を

活用できる方などは

本当に役に立つ力ですけど


一市民が

一人一人は何かできる気がしなくても

それでも

何かできないかな?

と思う人が集まれば

ちょっとは形になるもの、かな







現地のリポートは

いたしません

というか

とてもできません


「ブログに書いていいですか?」

なんて野暮なこと

とても聞けませんから


心痛めている場面を

写真に撮るなんて

恥ずかしくてできないですし
記者さんならともかくね

黙々と

自分が割り振られたお仕事を

いたしました


事前に申し込みをしたときに

「資格」を尋ねられましたから

お伝えしましたら

当初は一番向いているかな?

というお仕事になる予定でした

たぶん避難所の
子ども相手のお仕事でした


その後

長期で通えるという方が見つかったそうで

その方にお願いしました、と


その方がいいですよね

「いつも見る顔」

の方がいい


毎回相手が変わるのは

大人でもストレスですものね

子どもならなおのこと



ボランティアセンターに依頼されるお仕事は


家の片付けや

壊れてしまったものの搬出の

お手伝い


避難所のお掃除


運営している方々のサポート


ボランティアのニーズ調査


などが多い印象でした







ボランティアの携帯品.JPG
写真の加工アプリを使わないので
超アナログな加工で失礼します( ̄▽ ̄;)笑
実際は、もちろん本名を、カタカナで書きます

ボランティアは

この札を服に貼り付けます


これ、熊本でも使ったシールです


何かあってから作る、では

間に合わないですもんね


全国ネットの社会福祉協議会(社協)が

不幸にも必要になってしまったときに

すぐにそこで使えるように

あらかじめ準備してあるようです


そして

ボランティアの運営も

ノウハウが蓄積されているようで


当然混乱している場所なんですけど

混乱が混乱を生まないように

離れた地域の社協の方も駆けつけ


無駄のない運営に

目を見張ってしまいました



現地で動いている方の多くが

ご自身も被災されています

休む暇なく働き詰め


ライフラインやインフラの復旧

罹災にかかわるお仕事

避難所にかかわるお仕事

などなど


ストップしてしまっている生活を

少しでも取り戻すために

ご尽力されていて

ご心労も

たまってきている頃でしょうに・・・

頭が下がります







しばらくは

ボランティアの確保が

できそうですが

次第に減っていくと

よく耳にします


少しでも長く

足を運びたいと思います


長く続けるために

ちょっと工夫しました


行きは高速を使い

最速で到着



「遠い」という印象は

無意識に壁を作りそうだったから


土砂による通行止め区間もあるため

うっかりそこまで行ってしまうと

ぐるっと迂回するか戻るかに

なってしまいます

行くのに苦労すると

「行くのが大変なところ」

という印象を持ってしまいそうなので

「確実に早く着く」を重視しました



帰りは

費用を抑えるため

一般道のみを利用



道を確認し

ところどころ

地点登録をして来ました

KIMG0223.JPG
震源だった安平も通りました

家から目的地まで

ナビで検索しても

通行止めの区間を含む道を

案内されてしまうのです


登録した場所を目的地にの一つにすれば

次からは正確な道を

ナビ君に教えてもらえるから(´ω`*)


私の頭じゃ

道を1度で覚えられませんけど

ナビ君という

賢い味方がいるので

これでもう心配なし!(´艸`*)


ついでに所要時間も

チェックできたし


朝と帰ってきたときに

ガソリンを満タンにしたおかげで

ガソリン代も確認済み


片道の高速代よりも

ペットボトル飲料1本分くらい

往復のガソリン代のほうが安い♪


毎回高速で往復したら

一般道3往復分の費用がかかることに!

高速使わないと
時間は1.5倍くらいかかりますけど



週1で行くとしたら

高速利用で4回(1か月)行くところを

一般道なら12回(約3か月)行けます!
時間と体力の問題もあるので
毎週は行けそうもありませんが



ボランティアの募集が続く限り

時間を作って

通おうと思っています

米粒10〜15粒くらいかな?(*´艸`*)

おちょぼ口でも

一口で終わっちゃうね( ̄▽ ̄*)笑







昨日現地でお話していた方との

会話の中で

改めて思ったことがありました


私が現地に足を運ぶわけ


何かできないかな?

だけじゃないなって

思うのです


私が住んでいるのは

東部ではありませんが

胆振(いぶり)です


ヒトゴトじゃないから・・・?


それもありますけど

それだけでもないです


住んでいる地域は

「火山」という

いつかはわからないけれど

必ず被災する災害と

隣り合わせです


ここが被災し

お世話になるときが

間違いなく

来るのです
たぶん近々


実際に

前回の噴火の際には

たくさんの方が駆けつけてくださいました


その時は

息子がつかまり立ちの時期

目を離せません

親含め親戚が近くにおらず

ワンオペ育児だった私は

他に見てくれる人もいないので

息子そっちのけで

動くわけにはいきませんでした


心理士の会で

動ける人を募っておりましたが

申し訳ないと思いながら

本当に何もせずに

終わってしまったことが

悔しかったことと

当時の皆様への感謝の気持ちが

現在の原動力になっているなと

感じています


そして

もう2年もすれば

「いつ噴火してもおかしくない」

という時期に突入するそうです


また

駆けつけてくださる方々の

お世話になるわけですね


だから

出来るときは私も

何かしたい



かつて若かったときは

ただただ

何かしよう

だったのですけどね

当時は北海道とご縁ができると
思ってもいませんでしたし



「その時」への心の備えも

進みますから

被災地で何かを経験させていただくことは

自分のためでもあるのです


ありがたいことです







帰りにコンビニに寄り

ちょっとお買い物を・・・


現地でお金を使うことも

復興支援になると

以前教わっていたから


現地の方にも必要なものは避け・・・

厚真より.JPG

北海道らしい飲み物を(´艸`*)

よく冷えていて

すぐにでも飲みたくなる気持ちを

抑えるのに必死( ̄▽ ̄*)笑


ねぎらいサワー.JPG

ゆっくり1日のことを振り返りながら

プチねぎらいタイム(*´艸`*)



当たり前の日常を

当たり前に過ごせることに感謝して








祈り (3).JPG








お読みくださり


ありがとうございました





厚真にも



ありがとうございました





※道端の写真(2枚)は

渋滞中に

あるいは

車を止めて

安全な状態で

撮ったものです









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2018/09/11 09:00


「避難所」


あなたにとって

どんなイメージのところですか?


たまたまですけど

地震の1週間ほど前に

私が講義をしている

学生たちに

「避難所」について

アンケートをしていました

HUG(避難所運営ゲーム)1.JPG

「避難所運営ゲーム」をしたのでね

今思えば、なんてタイミング!



私は

「避難所」のイメージを持つ前に

現実の避難所を訪れたので

想像上の避難所って

最初からなかったんです


最初に映像で避難所が映されたのは

いつなのかな?

そのころ私は

テレビのない生活をしていたので

テレビで映されていたとしても

知らなかったわけですけど



学生たちの

避難所のイメージは

予想をはるかに上回るもの

ん〜・・・下回るほうかな?

(詳細は書きませんけど)


これって

実際の避難所を

見たことも

過ごしたこともない

多くの人たちが持っている

イメージなのかもしれない



災害時

「避難勧告」が出ても

なかなか

「避難」に結びつかないのは

避難所のイメージが悪いから?


避難所って

大変なところ

ストレスが多いところ

プライバシーがなくって

うるさくって

不自由で




etc


そんなイメージの人が多いのかな?


避難所から

「早く

(仮設住宅含め)他の場所へ

移りたい」

「(避難所から)やっと出られる」

そんなニュースなら

災害の度に目にするから


しかたないのかな


確かに

自分の家に比べたら

避難所生活は

不自由ですよね


でも

災害時に

命を守ってくれるところ

命を繋いでくれるところ

情報が集まるところ

優しい声を掛けてくれる人もいるところ

皆で協力し合うところ


そんな場でも

あるのです


「どうしようもなくなるまでは

絶対に行かない!」


ではなく


「安心のために

行っておこう」


ってなるといいのだけど・・・


特に

台風などの豪雨

火山噴火

など

あらかじめ

被害が予想されるときにはね


地震は

予測ができないから

起こってから

その状況によって判断することに

なるわけだけど


あらかじめ

予想されるときは


早めに

「避難所を利用しよう」

ってなるといいな


なぜなら

本当に大変な状況になってしまったら

救助してもらうしか

ないのですから


限られた人が

身の危険を冒しながら

救助を待つたくさんの人の

救助に向かうわけだから

来てほしいと思ったときに

すぐに来てくれるわけではないのです

そして
救助を待つ時間は
本当に苦しいと思うのです




その限られた

救助してくれる人の手は

自分で動くのが難しい

お年寄りなどに

取っておいてほしいな


自分で動ける人は

自分で動けるうちに

動いておいたら

もっと

救助がしやすいんじゃないかな


自分一人では

避難所に行くのが難儀でも

手を貸してくれる人がいれば

避難できる人もいるでしょうから

周りの人を巻き込めたら

もっといいよね


そうやって

一人でも多くの人が

ご自分の足で

避難所まで移動していたら


救助する側の人たちも

ものすごく助かるし

身の危険に曝される人も

減るんじゃないかな


たぶんね



でも現実は

自分で動ける人は

「ギリギリになってからでも

何とかできる!」

って思ってしまって


「その時」は

あっという間に来てしまう


逃げるタイミングを

逸してしまう


とたんに

救助を待つ人になってしまうし

命の危機に

直面してしまう



一度そんな思いをすると

次からは

「早めに避難を」って

なるようですけど


経験するまでは

なかなか

ピンとこないモノ?


そういうニュースは

ここ何年かで

何度も

何度も

目にしていますよね


「経験はまだしていないけど

そうか

早めに行っておこう」

とか

「余震の心配が収まるまで

お世話になっておこう」

って考えて


その結果

落とさなくて済む命が

ちゃんと助かるといいな


そう思います



そのためにも


避難所のイメージが

悪過ぎないといいのですけど


ニュースでは

どうしても

マイナスな側面が

クローズアップ

されてしまうのかもしれない


本当は

プラスの側面も

ちゃんとあるのに

認知してもらいにくい


避難所に来てよかったε-(´∀`*)


避難所は安心できた(´ω`*)


声を掛けあえたから

勇気が出た(`・ω・´)


子どもを見ていてもらえたから

外(仕事)に出られた(*'▽')


そんなふうに感じた人たちも

いるとおもうんだけどなぁ







私が初めて

避難所を訪れたのは

阪神淡路大震災の時


当時は

いくつの避難所を回ったかな

5〜6か所だったかな


語り始めたら

終わらなくなりそう


たくさんのエピソードが

私の中に

眠っているから




次に訪れたのは

東北の大震災の後


私が派遣されたのは

特に被害が大きかった地域の一つ
その時はボランティアではなく
お仕事で行きました



そこの避難所は

かつてーー15年ほど前に

私が見た避難所と

だいぶイメージが違い


それまでの経験が

たくさんの知恵と工夫を

生んでいて


少しでもストレスを軽減できるように
それでももちろんストレスはあるはずですけど


少しでもトラブルが起こりにくいように


少しでもスムーズな

避難所運営ができるように


進化していることを感じました


さらに

この時(東北)の経験は

集められ

研究されています



熊本の震災の時は

小さな避難所のお引越しとあとかたずけを

お手伝いしただけで

かつて見た避難所との

違いを語ることは

出来ませんが

テレビで見た避難所は

さらに進化形でした!


というか

全然違うんですけど〜(@_@)


日常生活が奪われ

状況も大変なので

「いいところ」とは

言いませんけど


避難所のプラスの側面や

実際の避難所のメリットが

もっと伝わるといいな







ところで

この時(熊本地震の際)は

ボランティア活動が

とても進化していて

ビックリしました


トラブルが起こりにくいように

行く側も受け入れ側も

気持ちよくできるように

何より

現地の被災した方が

不快な思いをしないように

様々な情報がネットで見られ

現場でも

注意点があらかじめ示され

活動しやすい!


20年余りの間に

たくさんの知恵とスキルが

蓄積されていたことに

ちょっと驚いていました







現地にボランティアとして

足を運ぶ人は

増えていますね


かつて助けてもらった方が

気持ちがとってもわかるから

今度は

お手伝いする側に回る


苦労した点がわかるから

より迅速に

人々が動けるように

駆けつける


それは

とてもいいことなのでしょうけど


「助けてもらったことはないけれど

行ってみよう!

何かできるかもしれない」


そう思う人が

もっと増えたら

いいのにな



今も

ボランティアを必要としている地域が

ありますものね


遠いから私は気軽に行けないのですが


西日本豪雨災害の爪痕は

まだまだ残っているのでしょう


台風21号の影響で

停電してしまい

まだ復旧していないところも

あると

ニュースで見ました


大阪周辺も

まだ

日常に戻ったわけではないのでしょう







ところで


現在のボランティア事情など
※9月10日時点です

北海道の今の状況です



北海道胆振東部地震の

深刻な被害は

震源近くと

札幌の一部


震源近くは

人口がとても少ない地域で

交通の便も悪いので

行き来も宿泊できるところも

足りないために

道内在住*日帰りできる人のみ

車中泊も禁止です
余震があった時に大変ですからね

道外からのボランティアは

受け入れられないそうです

広さで言うと
被災範囲はかなり広いのですよね〜

大きな被害があった地域は
東京・山手線の内側くらい?かな?




札幌は

被害地域が限られているため

公的な力で

賄えそうだとのことでした


この2つの地域は

復旧に相当な時間を要する(;´д`)



全壊家屋も多いため

きっとすっかり元に

戻るわけではありませんね(´;ω;`)



停電の影響は

農家や酪農家が多い北海道なので

もう少し広い地域に広がっていそうです


水をたくさん飲む牛は

断水は

命の危機です!


電気がないと

搾乳も

温度管理も難しいので

弱ってしまいます


そんなわけで

死んでしまう牛が

出始めたそうです

断水・停電とも

早く完全解消

されてほしい〜!!


自家発電で搾乳はできても

殺菌するための機械の洗浄ができず

捨てなければならない生乳


収入減が断たれ

大切な牛の命の危機に遭って

停電や断水の影響は

酪農家さんの生活を

直撃!しています



農家さんも大変です

夏が短い北海道は

8月から9月の中旬は

多くの農産物の

収穫最盛期


流通が止まってしまい

大打撃です


ガソリンが手に入らないため

トラックが動かなかったり

道外に運び出す

方法がありませんでしたから


やっと

少しずつ動き始めましたが

溜まっているものを

動かさないと

収穫したものを

集荷できないので


農家さんは

長い時間かけて育てた作物の

収穫時期を逸してしまうことを

とても嘆いておられます


ハウスなどで育てる

野菜や果物は

繊細なものが多いです

水耕栽培の野菜や
ハウスで育てるお花
イチゴなどの果物が
少なくはないのでね



電気がないと

温度管理も水やりもできないので
お水は電動ポンプで汲み上げることが多いので

1日2日で

ダメになってしまうことも・・・


人間の日々の営みは

日常に戻った人が多いようですが
お陰様で、私の生活も戻っております

人々の生活を

支えてくれる一次産業や

限られた地域は

回復に時間がかかりそうです


私にはわかっていない

もっと別の困難に向き合っている人も

いると思います


ここに書いたことは

一部でしかないと思います


それでも・・・


離れていると

想像って難しいですよね


今の北海道の様子から

「そんな影響もあるのだな」と

見えづらい一面に

想いを馳せる

きっかけになればいいな


そんなことを考えながら

綴ってみました



今日も

長くなってしまいました


お読みくださり

ありがとうございました♡



コメントくださった

fukamiさん

acoさん

そらんぽりん。さん

たなみーさん

IDUMIさん

かのさん


ありがとうございました♡








あなたと


あなたの大切な人に


笑顔の輪が


広がりますように


























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2018/09/10 09:00


北海道胆振東部地震が発生してから

5日目


時間が経つのが

遅いんだか早いんだか

よくわからない


という

変な感覚です



ところで

今まで息子から

お金が欲しいとき以外は

何らかのメッセージが来ることは

ほとんどなく


地震後も

私から

「無事だから」のメッセージ


その後は

特に何もやり取りがなく

まぁ男子なんてこんなもの


な〜んて思っておりましたら


「食べ物はあるの?」

突然1行


少しは気にかけてくれているんだ〜


ちょっと喜んで

調子に乗って(?)

あれこれ書いたら


「質問は一つにしてください

気楽に返事できないよ」



だって( ̄▽ ̄;)笑


失礼いたしましたm(_ _;)m



やっぱ男子だ( ̄▽ ̄;)笑


いや、彼だからか?







今回の地震で

北海道全体が

ブラックアウト

という

聞いたこともなかった状態に・・・


地震の直接の影響だけでなく

ブラックアウトによる

様々な混乱が

大きく問題になりました


そして

液状化による

大きな被害


こんなことが

起こり得るのかと・・・


ピッタリな言葉が

見つかりません


驚くという言葉では

足りない


驚愕もしっくりこない


映画の世界でも

非現実的過ぎて

こんな景色にしないのではないかと・・・



時間がたつほどに

新しい被害などの情報が増え

最初の3日とは

また違う気持ちになっています







地震後

気になっていたことの一つは


北海道が

完全に孤立していたこと


電力がほとんどなくなり

人や物資が

全く動けなくなりました


北海道以外の地域なら

どこかに

出入りできるルートが

見つかるのでしょうけど
沖縄は同じく無理か


「島」である北海道は

他の地域と繋がる

移動手段は


ほとんどが飛行機


ほかに

フェリーと


新幹線が通ったので

鉄道もありますが


そのいずれのルートも

使えなくなり


真っ暗な北海道が

閉ざされました
※もちろん昼間は明るいです


行くことも 帰ることも

できない場所

になってしまった!


北海道は

日本の他の地域や

海外からの

観光客もわりと多いです


札幌は大都市ですから

お仕事で訪れた方も

いらしたでしょう


揺れがさほどではない地域

だったとしても


北海道にいたすべての人が
住民も旅行者も

停電という被災を

経験する事態に!!



そんな北海道から

帰ることができない!


それから

北海道に帰りたいのに

帰れなくなった方も

いらしたでしょうね



大切な人が北海道に住んでいるのに

心配で飛んで行きたくても

道内に入る手段がなくて

歯痒かった方も

いらっしゃるかもしれない


ちょっと話はそれますが


関西国際空港も

約8000人が

孤立してしまいましたね


日本で立て続けに起きた

「孤立」という事態


規模は違えど

遮断され

出ることができない苦痛は

如何ばかりだったでしょう



戻ります( ̄▽ ̄*)


北海道に住んでいる人であれば

家が無事なら

過ごす場所がありますが


北海道が

「来るところ」で

「住む場所」

ではない方々のほとんどは

「帰りたいのに帰れない」

に加えて


過ごす場所も

食べる場所も

欲しいものを得る場所も

一瞬で失ってしまいました


さらに

そのような方々は

おそらく持ち物も最小限


衣服

衛生用品

食料

お金


余計には持っていないでしょう
お金は何とかなる人も多いかな?


どれだけの困惑と

不自由さだったでしょう



かつて私は

「予定を変更していなければ

あの中越地震に遭っていた」

という経験をしています


他人事じゃないと感じました


※忘れがちですけど

旅先で被災することも

想定しなければいけないのですね


いくら家に備蓄など準備しておいても

役に立ちませんから







ところで


ほかの地域で

どのくらい流れていたか

わかりませんが


北海道では

地震から2日目・3日目あたりに

旅行者への支援が

ニュースで流れていました


旅行者向けに

無料で宿泊できる場所

食べる場所

などが

提供されている

というニュース


「そこにいる方の

8割が旅行者」

という避難所もあったそうですが


どこが避難所かも

旅先ではわかりにくいです


そして

都市部では

人数が多過ぎて

避難所には

とても全員は入れません



個人的に

または小さな宿泊施設が

「旅行者さんどうぞ」と

宿泊施設を無料提供

していらしたり


炊き出しを積極的に(ボランティアで)

しているという方も


旅行者に提供できるよう

SNSで発信


すると同時に

材料の提供があったりだとか


「材料がなくなるまでします」

とおっしゃっていたけど

材料は

なくなりそうもないね〜( ̄▽ ̄*)笑



なるほど〜と思ったのは

利用者(旅行者)も

一緒になってご飯を作っている

というところ


提供者がおっしゃっていました

「することがないと辛いでしょうから

こういうことでもすることがある方が

紛れるでしょう」って


それ、わかる〜!


誰かのために何かをしている方が楽


何かやろうと思っても

何も手につかない


これやってね、って言ってもらうと

なんかホッとする


そのことに気付いた人って

スゴイ!!



せっかく北海道に来たのに

することがなくて

手持ちぶさたで

ソワソワしながら

ただ時間を過ごすなんて

拷問のようですもの


ニュースの中で

お互いに声を掛け合い

支え合っている

笑顔の方々


知らない土地では

自分からそのような状況を作ることは

とても難しい


きっとそこにいらした方々は

だいぶ気持ちが救われたでしょうね


※飛行機が動き出して

皆さん帰るべきところへ

帰られたでしょう


お疲れだったことと思います

ゆっくり休んで

本来の場所で

笑顔で過ごされていることでしょう








こんな緊急事態の中

知らない人同士が

支え合うために

人と人を

繋げることができる人が

いるんだ!


衝撃と

関心と

感動


すごいなぁ・・・


旅行者に

場所提供など

働きかけをしていた方々も

北海道の人


つまり

彼らも被災しているのですよね


自分も先が見えない状況の中

「自分に何かできないかな?」と

すぐに動ける人がいる


素敵だな(´ω`*)


なんて言っている場合じゃない


ちょっぴりでも見習わなければ(`・ω・´)


今、私に何ができるだろう?



ちょっと

インスパイア

されている舞でした!(^^)!


KIMG0115-f4b71.JPG



今日からお仕事

通常運転です



本日もお立ち寄り


ありがとうございました♡










あなたと


あなたの大切な人に


笑顔の輪が


広がりますように



























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